佐々木譲:警官の血 上・下

警官の血 上 (新潮文庫)

警官の血 上 (新潮文庫)

警官の血 下 (新潮文庫)

警官の血 下 (新潮文庫)

終戦後の混乱期に巡査大量採用にたまたま手を挙げた安城清二、その息子で潜入捜査から警察の世界にはいることになってしまった民雄、そのまた息子で大卒から捜査員への道を選んだ和也の、三代にわたる警察官一家の姿をえがく大作。

単行本の平積みには、ちょっと内容が渋すぎるのではないかとの思いから手を伸ばせずにいたのですが、文庫化されたため即購入、毎度のことですが、そんなちっぽけな思いこみをはるかに凌駕する本作には、久しぶりに心しびれるものがありました。本作には、おおきくふたつの物語が編みこまれているように思います。ひとつは、時代の波に翻弄される地方公務員のそれぞれの年代における生き様、もうひとつは、清二の不可解な死に関する息子と孫の二代にわたる探索の物語です。


ただ、明らかに読者を圧倒するのは前者の物語と言えます。それぞれの時代に、警察官たちがどのように生き、どのような世相の中で職務を遂行したのか、駐在所で地域に愛されることを願ってやまなかった清二、政治の季節に自らの意志に背いて潜入捜査員に配属され心に傷を負った民雄、そして知能犯を検挙するためにはある一線を越えることをためらわない和也、それぞれの姿はことなるものの、しかし地方公務員という立場上大きな波に翻弄せざるをえない一方で、自らの使命感に対しては極めて誠実な親子三代の姿は、「古くささ」を一切感じさせずに心に響くものがあります。


一方で、本書を二日もかけずに読み通させてしまう牽引力は、やはり全篇にわたり通奏低音のように響き渡る清二の死の秘密にあります。それぞれの世代の物語が独立してミステリとして成立しているのにもかかわらず、全篇をつなぐこの物語の力強さには、やはり佐々木氏の作劇法に対するすさまじい執念と言ったものを感じさせ、それだけでも爽快です。特に和也におよんでは、本当にこの謎が解明されるのか、ちょっと不安になってしまうような展開を見せるのだけれども、それでもきちんと物語を成立させるこの手腕。これぞ物語!といいたくなる、素敵な小説を読むことができました。悩ましいのは、文庫化されていない「北海道警」シリーズの単行本を買うべきかどうか。やっぱり買ってしまおうかなあ。文庫化されるまで、待つのがつらくなる本書でありました。