アラン・ワイズマン:人類が消えた世界

人類が消えた世界 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

人類が消えた世界 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

もし地球上から人類が突然いなくなったら、生態系や人工物はどのように変化するのか、植物や動物に焦点をあてた第1部、プラスティックや原子力発電所などに関する第2部、パナマ運河や朝鮮・韓国の軍事境界線の現状を報告する第3部、そして宇宙や海について述べた第4部から構成される。


まずもって、冒頭の図版が素晴らしく魅力的です。人類が消滅してから数日後、2〜3年後、5〜20年後、200〜300年後など、それぞれの年代に予想しうる場面が精密な描写によって描かれ、これだけで本書を手にとってしまいました。また内容のほうも、様々な角度から、学術書的な内容ながら専門家のインタビュー集的に構成されたためか、とても読みやすく楽しめます。


本書の仮定が「突然人類がいなくなる」という、ほぼありえないと思われるものであることは置いておいて、そこで描かれる世界のあり方は、やはり衝撃的なものでした。いっけん自然や動物が蘇り、素敵な楽園が発生するかと思うのですが、例えば原子力発電所は継続的な電力供給がなければその施設自体を維持することができず、数年後には崩壊し巨大な汚染源となってしまうことなどを読むと、代替エネルギーが見つからない現在原子力にエネルギー供給を頼らざるを得ないとは思うのですが、やはり難しいエネルギー源だと思わざるを得ません。


本書はまた、未来のことだけを語るのではなく、これまで人類、そして多くの生命の種がたどってきた道筋を、振り返りながら解説してくれます。ここには多くの絶滅種の細密画が載せられているのだけれど、これがまたとても素晴らしい。特に気になったのはオオナマケモノの図版で、この動物は是非生きているところを見てみたかった。そして再三述べられる、戦争地域が動物の楽園になるという、皮肉な構図も考えさせられるものがあります。紛争地域であるキプロス島ヴァロシャ地区には、人の出入りはここ数十年絶えて久しいのだけれど、動植物は元気に街を自然に戻しているという姿は、生態系の鬼っ子としての人類を象徴しているように思えてなりません。


惜しむらくは、本書の記述があまりにも縦横無尽というか、幅が広すぎて、いったいどのような主題に基づきそれぞれのエピソードが語られているのか、見失ってしまうことがあることでしょうか。訳文もいくぶん学術書風で、文庫で手にするにはちょっと重たく感じられる部分が散見されました。どうせなら、もう少し思い切って読み物風に改訳した方が、文庫としては売りやすいのではないのかなあ。などと考えつつも、本文472頁の大著ですが、880円はお買い得だと思われます。