ローレンス・ブロック:やさしい小さな手

元刑事のやさぐれ探偵マット・スカダーシリーズや、心優しき泥棒を本職とする古書店経営者バーニイシリーズ、切手集めが趣味の殺し屋ケリーシリーズなどの生みの親、我らがローレンス・ブロックの短篇集。ハヤカワ文庫の「現代短篇の名手たち」シリーズ第7弾。


はじめはスポーツにまつわる人殺しのはなしばっかりで、ゴルフや野球など、僕にはよくわからないジャンルの常套句の連発に少し食傷気味に読み進めていたのですが、6話目の反転されたクライムノベルともいうべき「三人まとめてサイドポケットに」に至り目が覚めたような戦慄を覚え、8話目の司祭・警官・軍人・医者がそれぞれ「情欲」について物語を語る「情欲について語れば」にすっかりのめり込み、11話目から最後の14話までのマット・スカダーを主人公とした短篇には、これぞローレンス・ブロックというべき緊張感に溢れなおかつ精緻に組み立てられた物語を堪能することができました。


ローレンス・ブロックによるシリーズものでは、ぼくは一番人が死なない、そしてもっとも明るいユーモアに溢れたバーニイシリーズが大好きなのですが、本書はマット・スカダー的な、人生に対する辛辣で自虐的な思いの込められた物語や、殺し屋ケリーのような、なんともない感じで人を殺害し、その報酬でどの切手を買おうか真剣に悩むという、倒錯した人格のありかたなど、基本的には暗澹たる人々のあり方が展開され、その意味では全篇にわたり陰鬱な雰囲気が感じられます。


しかしそれでもローレンス・ブロックの物語はぼくを魅了して止むことなく、それはおそらく彼の極めて洗練された物語の構成に、その陰惨さよりは洗練を感じてしまうからなのだと思います。典型的にはほとんどの記述が二人の人物の会話で構成される物語(本書で言えば「ボールを打って、フレッドを引きずって」や「ポイント」など)に代表される、つぎはぎだらけの情報がいつのまにかある一つの舞台を作り上げ、その上そこで当然読者が予想すべき展開は必ず覆されるという、なぜここまでとすら思わされる作者の情熱と稚気が感じられる小説群があります。また、ほとんどの場合主人公たちは自分の感情を吐露することはなく、その外形的な記述のみで淡々と進む物語の中で、まるでそうと運命づけられたかのように異常な行動をみせるところも、読んでいてなんだかどきどきしてしまう。そのあたりも、とても好きなんだよなあ。


総じて、セックスと暴力の比重が多すぎるのではないかなあと思いもしましたが、とても素敵な短篇集であったことは間違いありません。編集後記にも述べられているように、このような企画を連続的に行うことは、編集者としてはマゾヒスティックとも言えるのではないかと思いますが、でもぼくはこのハヤカワ文庫の短篇シリーズが大好きです。編集者の健康を祈りつつ、着実なる続刊の発行が楽しみでなりません。