ダン・シモンズ:へリックスの孤児

ヘリックスの孤児 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-9) (ハヤカワ文庫SF)

ヘリックスの孤児 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-9) (ハヤカワ文庫SF)

飲んだくれの元教師がなぜか昔の教え子とサヴァイヴァルゲーム(リアルな)を闘うことになる「ケリー・ダールを探して」、数十万人の冷凍睡眠中の人々を乗せた宇宙船が、危機的状況に陥ったある惑星の人々と遭遇するはなし「へリックスの孤児」、古典的人類の最後の瞬間までを描いた「アヴの月、九日」、異星人とエヴェレスト登山を強いられる「カナカレデスとK2に登る」、ソ連の古い宇宙開発基地をアメリカ人ライターが訪ねる「重力の終わり」の、計5編を収録した短篇集。


ぼくは「ハイペリオン」は途中まで、「イリアム」は読んだことが無いので、ハイペリオンの後日譚とされる「へリックスの孤児」、イリアムの前日譚との「アヴの月、九日」については、良くわからない、そして説明されないことばが多く見られ、少しとまどったことは確かです。でも、全体的な雰囲気の中でなんとなく理解はできるので、物語を楽しむにはさほど支障になるわけではありませんでした。基本的には、どのお話しもさすがダン・シモンズと思わされる、強烈な牽引力と重層的なことばの数々に、ただただ圧倒されて読み切らされてしまいます。


すこしびっくりしたのは、「カナカレデスとK2に登る」という小説で、これはSF的な世界のお話しではあるのだけれど、徹底的に登山小説であることです。またこれが、読んでいて気持ちが悪くなるほど緊迫感と臨場感にあふれ、圧倒されてしまいました。この人、やっぱり文章自体の組み立てが素晴らしく技巧的というか、読み手を没入させてしまう強引さに溢れているのだと、あらためて感じさせられました。あと面白かったのが、特に「アヴの月、九日」に感じられる、自らの「ユダヤ民族」的なる出自に関し、極めて感情的とも感じられる物語を展開する著者の姿勢にあります。これまであまりユダヤ的な視点を著者の著作に感じたことはなかったし、正直ユダヤ人の作家でもここまで強烈にユダヤ的なるもの、そしてユダヤ民族の歴史と直結した物語を作り出す試みを読んだことは、少なくとも最近の作家にはあまり感じたことがなかったので、とても新鮮に感じました。


ところで、それぞれのお話しの冒頭に挟み込まれた著者による序文は、正直言って興ざめなこと甚だしく、途中から全部読み飛ばしてしまいました。なんだか小説教室の先生のお話を聞かされているみたいで、なんでこんなことを読まされなければいけないのかさっぱりわかりません。