早川書房編集部編:神林長平トリビュート

神林長平トリビュート

神林長平トリビュート

「言葉使い師」「敵は海賊」「七胴落とし」など、神林長平氏の代表作でもあり傑作でもある数々を、主に若手の作家がパスティーシュしたトリビュートアンソロジー


まあそもそもの作品が傑作すぎるだけあって、みなさん力が入りすぎてしまったのではというのが一読しての印象でした。一番鮮烈に作品としての印象が強かったのは辻村深月氏による「七胴落とし」で、神林ワールドを受け継ぎながらも換骨奪胎し、見事に自分の世界に仕立て上げているように思えます。その意味で、仁木稔氏による「完璧な涙」も素敵な掌編でした。なんというか、神林氏の奏でる世界を伴奏にインプロビゼーションを展開したような、とても技巧的であり洗練された作品です。最後に神林ワールドに回収されてゆく展開もさすが。虚淵玄氏の「敵は海賊」は、その切り口には驚かされましたが、一つの作品として読むと神林氏に寄りかかりすぎているような気がします。それ以外の作品は、あんまり印象に残りませんでした。


神林氏といえば、一時期それこそ書店で本を選ぶ時間も取れなかったときに、まず間違いなく面白いという確信のもとに読み漁り、そしてその期待はいつも外れることはなかったことを思い出します。本書でトリビュートされた作品たちも、おそらくすべて読んだことがある。その意味で本書に目を通したとき、残念ながら書き手たちがなかなか神林氏の世界を突き抜けらない部分が見られてしまうように思います。「フムン」とつぶやけば良いわけでもなく、世界が多重性を持てばよいわけでもない。思弁論的な世界に遊ぶわけでもなければ、青春小説に落ちるわけでもない。そんな不思議な神林氏の作品世界を、虚像のように浮かび上がらせてくれたという意味で、本書はなかなか楽しめました。