東浩紀・北田暁大編:思想地図 vol. 3 アーキテクチャ

NHKブックス別巻 思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ

NHKブックス別巻 思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ

アーキテクチャ」とはもちろん建築のことでありまして、それがなぜ「思想地図」などという難しげな本の表題に取り上げられているのか、また共著者の中に磯崎新氏と藤村龍至氏という、重鎮と若手の建築家が名を連ねているのに興味を持って手に取りました。


結論としては、ほぼまじめに読むことが難しいものでした。まずはじめの「アーキテクチャと思考の場所」と題されたシンポジウムの記録からして良くわからない。というか、シンポジウムがまったくかみ合っていないところは、むしろ楽しめます。始めに二人の若手研究者の問題提起から始まるのですが、直後に振られた浅田彰氏は、本シンポジウムは「「アーキテクチャ」という言葉の諸相をきっかけに話をするということだった」はずだと述べた上で、二人の報告を「率直に言っていまの報告のどこが面白いのかさえよくわかっていない」と、いきなりシンポジウムをぶちこわします。でもこれは浅田氏が正しいと思う。というより、このシンポジウム、ひいては「思想地図」の今回の主題自体が、なんとも焦点のはっきりしない、しまりのないものなのではないかと感じられました。


東浩紀氏による緒言によれば、これまでの「イデオロギー」は失効し、現在の社会を支配しているのは「アーキテクチャ(建築・社会設計・コンピュータシステム)」なのだそうです。結果思想家としては「イデオロギー批判」ではなく「アーキテクチャ批判」や「よりよきアーキテクチャ」を模索しなければならず、そのために領域横断的な人々の議論をまとめたというところが本号の趣旨なのだそうです。いやあ、わけがわかりません。そもそも「アーキテクチャ」という言葉の定義自体も不明ですが、そのあやふやな「定義」に則って「イデオロギー」なき時代は「アーキテクチャ」だ!と言い切る思考のありようは、なんだかとっても平和な感じがして、それはそれでほのぼのと安心させられます。


で、読んでも読んでもなにが問題なのかわからない。ちょっと面白かったのは、後半の東・北田両氏による日本政治思想史を専門とする原武史先生のインタビューなのだけれども、これは「郊外論」に終始するのですが、原氏の徹底した資料ベースの雑学談義にインタビュアーの両氏がすっとぼけた相づちを打つという情景は、本書の極めて本質的な一面を表していたように思います。ここで(ようやく)表明される東氏の具体的な都市に対する問題意識が、引っ越しをする際に「自分がこれからどこに住むかという具体的な問題意識」だそうですから。東氏は哲学・表象文化論がご専門だそうですが、引っ越し論も専門に付け加えてはいかがでしょう。


あんまりこんなところで他の専門家を揶揄するのも大人げないとは思うのですが、ぼくは今の「都市」のあり方には、実に様々な問題が極めてあきらかに存在すると思う。だから、このような現実の問題に踏み込んでゆかない論考を見ると、なにか焦燥感のような、危機感のような、落ち着きの悪い感じを押さえることができません。例えば、高齢者・障害者の居住問題と、土地の価格の問題に対して、だれが何を論じてくれるのか。若年層の住宅問題は、いったい誰が議論してくれるのでしょうか。本書のようなのんびりした議論を読むにつれ、頭が痛くなってきてしまうのです。