ピーター・トレメイン:蛇、もっとも禍し 上・下

蛇、もっとも禍し上】 (創元推理文庫)

蛇、もっとも禍し上】 (創元推理文庫)

蛇、もっとも禍し下】 (創元推理文庫)

蛇、もっとも禍し下】 (創元推理文庫)

7世紀のアイルランドの南部海沿いに位置する女子修道院で、首無し死体が発見されるという大事件がおこり、女性弁護士フィデルマがその地に派遣される。ところが派遣元の修道院の院長は傲慢な上に非協力的、土地の領主もなんだかあやしい。その上、この地までの航海のあいだに、フィデルマは乗り捨てられたゴール商人の商船を発見、そのなかに盟友エンダルフに譲ったはずの大事な写本を発見してしまう。こころ千々に乱れたまま調査を進めるフィデルマの前に、これでもかと理不尽な事件が襲いかかる。


今月の一番の楽しみであったフィデルマシリーズが書店に並んでいたので即購入、即読み終わりました。嗚呼。相変わらずのかちっとした世界観と、フィデルマの端正なこころの声を紡ぎ出す筆致には、いつもながら精緻な美術品を見ているような感興を憶え、ほんとに心地よい。


本作の特徴は、一方で今までの作品とは多少異なり、人間の醜悪さ、露悪さを焦点にあてた、幾分わかりやすい勧善懲悪ものだったように思えます。エンダルフの登場の下りなど、あまりにも予定調和過ぎて今回のフィデルマさんはずいぶん楽をしているものだなあと思ってしまったくらい。ただ、相変わらずの聖書の引用と法典を引用し合う形式で延々と続く会話文のテンションの高まりや、優れて選択的に描き出された風景の美しさ/醜悪さには、やっぱり物語の楽しさ、そして作家の力強さを痛感させられるものがありました。しかし、訳注が巻末に置かれたページ設計は、ちょっと読みにくい。同じページにまとめてはもらえないだろうか。