森福都:マローディープ 愚者たちの楽園

マローディープ 愚者たちの楽園 (講談社ノベルス)

マローディープ 愚者たちの楽園 (講談社ノベルス)

二十数年ぶりに再開した姉(ロマンスミステリ作家)に強引にモルディブのリゾートにツアーで連れてこられた大学生の主人公(生物系)は、主に新婚の夫婦で構成されたツアーの参加者のあいだに、なにか暗く不穏な側面があることに気づく。ツアー中に滞在先のコテージの一部が焼失するという事故はあったものの無事全員が帰国するのだが、その後ツアコンの女性が殺害されるという事件がおこる。悪趣味で詮索好きな姉は、弟をつれ彼女の殺害現場となったホテルに赴くのだが、そこで再びツアーの面々と再開することになる。


基本的には不必要にどろどろとした人間関係と、それを構築する極めて典型的に思える登場人物たちの造形、そして南国と伊豆高原のリゾートホテルという、なんとも通俗的というか、手垢のつきまくった素材で語られる物語は、これまた極めてコテコテの露悪的というか、やり過ぎ感に溢れたお約束的展開をみせ、数行読んだところで本書を本当に読み通すことができるのか不安でたまらなかったのですが、4ページ目くらいからすっかり引き込まれて勢いよく読み通してしまいました。


森福都氏といえば、古代中国を材に取った歴史物の小説ばかりをよんできたので、講談社ノベルズでこのような語り口の小説を書かれるとは、ずいぶんと意外な気がしました。また、語り口もいつもの硬くしまった感じではなくて、まるで分かりやすい東川篤哉氏みたいでびっくりです。でも、このゆるみきったように思える物語は読めば読むほど、やはり森福氏の小説だと思わせる、実に手堅く技巧的な文章で構成されています。基本的には主人公の大学生の一人称で語られるこの物語は、少女趣味で詮索好きの姉の突拍子もない言動にふりまわされるわたし、という感じで展開されるのですが、これがなんとも、そう表現したのでは決して伝わらないであろう重く静かな雰囲気を感じさせるのです。おそらくそれは、テンションが高いようでいて温度の低い地の文章や、決して現実的な口語とは思えないのだけれど不思議と違和感を感じさせない会話文など、文章の高い精度によるものだと思うのですが、また同時に様々な場面がカットバックされ、時間軸を異にしたり、同一にしたり、またある時はまったく異なる視点から語られるといった、文章の構成自体の妙にもよるのではないかと思わされました。なにか妙に理系的な文章に説得力があるなあと思ったら、著者は薬学部出身のようで。なるほど、実感がこもっているわけです。そんなところも含め、実のところのとても暗くて思い物語を楽しく読み飛ばしてしまう不思議な感覚は、とても楽しいものがありました。