臼杵陽:イスラエル

イスラエル (岩波新書)

イスラエル (岩波新書)

イスラエル「建国」に至るまでの道のりと、現状のありさまを主に政治(思想)的流れから整理したもの。


イスラエル」といえば、ぼくにとってはホロコーストを生き延びた人たちが集まってできた国家という印象があり、そのような人々がなぜここまでパレスチナや周辺アラブ国家に対して好戦的なのか、不思議でたまらなかったので勉強しようと思って手に取りました。


結果、目から鱗が落ちるとはこのことか!と言わんばかりの新事実の数々に、びっくりというか、唖然と言うか。本書の内容をまとめることは極めて難しいのだけれど、でもできるだけ僕の備忘録的にまとめておくと、そもそも「エルサレム(シオンの丘)に集まればユダヤ民族はいわれなき迫害から解放されることができる」というシオニズムの流れと、イギリスの植民地政策の一環の中で、20世紀初頭からユダヤ人のパレスチナへの入植が始まります。これには列強の支援を得ながらユダヤ国家建設を目指す「政治的シオニズム」や、ロシアでのユダヤ人迫害に端を発する「実践的シオニスト(この中には労働シオニズム社会主義シオニズムが含まれる)」などがあり。その出自から様々であったことが伺えます。これに第一次世界大戦戦勝国であるイギリスがパレスチナ委任統治することが相まって、イギリスによるパレスチナへのユダヤ人入植が事実上推進されることになります。


一方で1933年のナチス政権樹立によるユダヤ人迫害から、パレスチナへのドイツ系ユダヤ人の移民が急増します。この人々の特徴に、そもそも中間層以上のシオニズムを信奉しない、非シオニストユダヤ人であったことがあります。つまり、逃げ場所をもとめてやってきたと考えればよいのかな。と同時に、強烈にユダヤ人国家の創立を目指す「修正主義シオニスト」、つまり右翼的集団も誕生し、現状のリクード(社会的シオニスト)と労働党(修正主義シオニスト)の流れが発生します。


ここまで読んだだけでも、シオニストにも様々な流れがあること、また出自である国籍的にもロシア系やドイツ系(アシュケナジームと総称される)やスペイン系(スファラディーム)、そしてアラブ諸国からの移民(ミズラヒーム)が存在すること、加えてそもそもイスラエルに定住していたイスラエル国籍を持つ(持たされた)アラブ系の人々が存在することがわかります。つまり、イスラエルというのは、多くの民族や文化が混淆した、モザイク的な状況であることが伺えます。


建国の流れとしては、そもそもイギリスが移民統治していた場所に地政学的な思惑からどんどんユダヤ人の入植を進めたのだけれど、ある時期からイギリスは及び腰になり、一方で中東における資本主義のプレゼンスの向上という意味から、アメリカ、そしてフランスが資金的・軍事的にイスラエルをバックアップするようになります。その後イスラエル建国とその後の中東との軍事衝突を経て、現状の国境線が定着し、また内部的な分裂を孕んだイスラエルの内政状況から、現在はレバノンに軍事行動を起こしたりと行った、極めて内向きの政策が指示されていることがわかります。


あまりにもイスラエルの歴史は複雑で、かつ現在でもまさに「歴史的」な返歌を遂げている状況にあって、筆者はたぐいまれな整理を果敢にも試みているように思えます。しかしそれでも良くわからない。それほどまでに、「イスラエル」という国のありかたは、少なくとも僕にはまったくの異世界というか、想像の範疇をはるかに超えた、まさに政治のまっただなかにあると言うことを強く感じました。特に、イスラエルが一枚板の国家ではなく、内部に様々な出自のユダヤ人と、ユダヤ国籍を持つアラブ人を持つという、筆者にとっては当然の指摘が、僕にはとても新鮮でした。このような事実は、正直アメリカの橋頭堡として中東でかなり軍事的に過激な存在としてのイスラエル国家という僕のイメージを、一新させるどころかまったく異なったものへと変化させるものがあり、次に行ってみたい国としてイスラエルはナンバーワンの座に躍り出たのです。


しかし、しみじみ感じてしまうのは、なんとなく歴史という物は過去に同定され、現在は静的な断面が広がっているかのような錯覚を生じさせられるのですが、まったくそんなことはなく現在でも極めて動的なものであること、そしていつ何が変化するのか、まったくわからないということです。これが良いことなのか、良くわからないのですが、ポジティブに理解すれば現状に対して積極的にコミットすることで、世の中は変わりうる、そんな期待を抱くことができたのは事実であります、「イスラエル」と「パレスチナ」という問題に対して、僕がどのようにコミットできるのか、そもそもコミットする資格が存在するのかという議論はありますが、まずは一度、この目で現状を見てみたい、と痛切に感じました。現状ではこのようなブログを見てなんとなくの雰囲気を感じることしかできませんが。でも本書での知識があるのと無いのでは、大違いです。「アラブ系ユダヤ人」という表現も、ようやくある程度理解することができました。