パーシヴァル・ワイルド:

検死審問ふたたび (創元推理文庫)

検死審問ふたたび (創元推理文庫)

人里離れた山荘を多作な作家が買い取ったとおもったら、すぐさま火事が発生し作家は焼死してしまう。単純な過失による出火と思いきや、検死官のリー・スローカムは検死審問を行うことを決定、検死陪審長に抜擢されたイングラム氏は、記録に注釈を入れまくるに飽きたらず、現場検証まで行い、盛り上がりを見せる。


前作を読んだときの驚きは、未だ忘れることのできない強烈なものでした。だって1940年前半、つまり第二次世界大戦前に書かれたとは思えない、全編に横溢する軽妙な遊び心、そしてメタ的な記述に加え、その物語の切れの良さ。。唖然としつつも、これが物語の力かと、強く納得させられるものでした。


では本作はと言うと、これがまた期待を裏切るどころか、むしろ期待を上まわるすばらしいもので、またしてもワイルドの世界を堪能してしまいました。本作の秀逸な点は、本作は基本的に検死審問の記録という体裁をとるのですが、特にその前半に博識で頭の硬いイングラム氏の詳細かつどうでもよい注釈が膨大に加えられるところにあります(部分によっては1頁の3分の1以上にわたる)。この注釈が抱腹絶倒で、堅物がまじめに書いた注釈は、ところによっては地の文章との掛け合い漫才の様を呈し、本書にみなぎるメタ的で諧謔的な雰囲気をいやがおうにももり立てます。物語自体は、これがまた脱線に次ぐ脱線で、いったいなにが物語の本筋を構成するのか、さっぱりわからない。というか、途中までは本筋が存在しないにひとしいと思われます。この、ものがたりなんかどうでもいいぜ的なノリも、いまから60年以上前に書かれた作品とは思われないもので、とにかく感服の一言であります。このような名作を発掘し、本邦初訳に踏み切った創元社と、とんでもなく素敵な訳文を展開している訳者の越前敏弥氏には、深く敬服するところであります。