マット・ラフ:バッド・モンキーズ

バッド・モンキーズ

バッド・モンキーズ

マフィアに不利な証言をしたことでボコられた薬漬けの中年女性は、病院の枕元にチアガールの格好をした黒人男性を発見する。どうやら他の人には見えていないらしい彼は、彼女を世の中の悪を糺す「組織」へと勧誘する。その組織で連続爆弾殺人犯などを片づけるうちに、彼女は悪の限りを追求する「軍団」と対決することになる。


精神病院で「あたし」がドクターのインタビューを受けながら物語を語るという構成を持つ本書は、まずはじめからなにが本当なのか、まったくキャンセルされた状況で展開します。そこで彼女が語る物語は荒唐無稽としか思えないもので、あまねく写真に添付された監視カメラ、斧を持ったピエロ、脳溢血や心筋梗塞をおこすハイパーな銃など、B級アメリカ映画的テイストに充たされています。このあたりからして、もうなんともいえないいい感じが漂います。しかし本書の素敵なところはそのいいかげんな物語とはうらはらの構築されきった展開で、ドクターとのインタビューによる三人称の語りと、彼女自身が一人称で語る語りが交互に差し挟まれ、どちらがほんとうでどちらが虚構か、だんだんとわからなくあたりがとても上手い。物語自体もどんどん正気を失ってゆくというドラッグ小説的な勢いを持ち、各所で高い評価を受けているのも頷ける、とても質の高いエンターテイメントでした。


解説で、著者ははじめフィリップ・K・ディックの世界をイメージしながら書き進めて至ったとあります。しかしこれも解説にあるとおり、本書は結果としてはディック的な陰鬱で混沌とした虚実入り交じる世界よりは、むしろハリウッドムービー的なバチンと音のしそうな爽快感にあふれた世界を作り上げています。ディックよりもはるかに読みやすいし、訳文のリズムも素晴らしい。ソフトカバーの単行本という見つけにくいジャンルで手に取るのが遅れましたが、とっても楽しめました。