佐々木譲:暴雪圏

暴雪圏

暴雪圏

北海道東部には春に猛吹雪が襲うことがあるのだが、3月に志茂別町を襲った吹雪は10年に一度かと思われるほどの激しさで、昼過ぎから道路はつぎつぎと途絶してゆく。そんななか、暴力団を襲った強盗殺人犯や浮気相手に脅されている主婦、家出少女や会社の金を持ち出そうと思っている中年男性が、偶然にもあるペンションに閉じこめられてゆくはなし。


はじまり方はしっとりとした語り口で、「制服捜査」のように川久保巡査部長がこつこつと謎解きをしてゆくのかと思いきや、その後語られるエピソードの数々はまるで「ファーゴ」を思い起こさせるハードボイルドな雰囲気。これはもしや川久保巡査部長が似合わぬアクションシーンなんかを演じてしまうのかと思ったのですが、物語は僕の予想をまったく裏切る展開を見せてゆきます。


帯には「超弩級の警察小説」と書いてありますが、これはミスリーディングだと思いました。本書は、ある極限状態に追い詰められた人々を、北海道の厳しい自然という舞台の中で描き出した群像劇、というところが正しいのではないか。全体的に人々の追い詰められた状況は暗くて重く、なんともいいがたい雰囲気です。ぼくはこの手の物語が基本的には得意ではない、というか苦手なのですが、本書には曰くいいがたい牽引力があり、すっかりのめり込みました。それはおそらく、まず描写が極めて鋭く実感が込められているからだと感じました。この夏学会で帯広を訪れたときは、広い道路と屋台村しか印象に残りませんでしたが、これが冬になるとどうなるか、しびれるような寒さが文章から伝わってきます。次に感じたのは、フォーカスをあてられる人々と以外の、見守ることしかできない川久保巡査部長や、その他の警察職員の描写の巧みさです。読み終わってみれば、君たちまだ何もしていないよねと思わせる一方で、その存在なしには物語が成立しないと思われる構成の妙に、物語の面白さを、久しぶりにガツンとくるような力強さで感じてしまった。またなによりも本作を楽しいものにしているのは、この陰鬱な物語が信じられないことに基本的にハッピーエンドで終わることでした。このあたりにおいて、陰鬱な作品を書かせたらトップクラスと思われる桐野夏生氏や若竹七海氏と通底しつつも異なった輝きを感じ、佐々木氏の新たな一面を発見できたように思えます。多作なのにこの密度、やっぱりエンターテイメント作家は凄いなあ。直木賞をあげ損なったのは、なぜなんだろう。