ドナルド・E・ウェストレイク:忙しい死体

忙しい死体 (論創海外ミステリ)

忙しい死体 (論創海外ミステリ)

親父がマフィアの下っ端だった主人公は、思わぬきっかけからおふぃあの親分の右腕となる。しかし、言いつけられた仕事は死んだ薬の売人の墓を掘り起こすという仕事。嫌々とりかかるものの、柩を開けてみると中はからっぽ。それから謎の美女や警察からの追求、仲間だと思っていた組織からの追求など、大変な目に遭うはなし。

1966年に書かれた小説の初訳なんですよね、この本。なんでまたいまごろ訳してみたい気になったのかも不思議だが、この小説が今まで訳されなかったことも不思議です。相変わらずウェストレイクらしく、すべてが上手くいかないのだけれど、それでも飄々と楽しく生きてしまう主人公の造形は、やっぱりとても心地よいです。似たような作風だと、マイケル・Z・リューインが思いつくのだけれど、彼の場合は主人公の造形や物語が暗いの明るいのと極端にわかれるのに対し、ウェストレイクはやっぱりいっつも情けなくてかっこよい。本作でも、頭を抱えてしまうようなエピソードが続くわりには、主人公はいつも前向きというか、自分最高!みたいなオーラを感じさせ続け、しかもその現れ方が極めて諧謔的というか、笑えない笑いを追求するような指向を感じさせるという、なんだか曲芸的な造形が展開されます。

物語自体はどうなんですかというと、これがまたなかなか楽しめます。ほんとうに粗筋考えて書き出したのかなと思うくらい、状況は二転三転するのだけれど、だからこその驚きと力強さが感じられます。結局のところ、母親からの電話をいつも気にしてしまう主人公というありかたも、また素晴らしい。残大敵に描写に冗長性が感じられる嫌いがありますが、それが気にならないくらいの脱力感が全篇に漂い、とても楽しめました。

あと、装丁もいいですねえ。なんのことはない気の抜けた表紙のように思えるのだけれど、その色遣いや図版など、見れば見るほど良くできています。タイトルのフォントなんかも、よく見ると不必要に凝っていて楽しめます。