黒川博行:疫病神

疫病神 (新潮文庫)

疫病神 (新潮文庫)

工事現場の解体業者に関わるヤクザの仕切りを行う自称「建設コンサルタント」の二宮は、自分が仕切りを行う現場で他の組筋からの妨害工作に出会う。その処理を知り合いのヤクザ桑原に依頼したところ、次から次へとトラブルに巻き込まれ、最終的にはいろんなヤクザを的に廻しながら大立ち回りを演じる羽目になるはなし。

とにかく大阪弁が美しいのです。書き文字で、こんなに美しい、というかリズムある大阪弁を読んだのは、始めてかもしれません。つい大阪弁が口を出てきそうになるほど、魅力的な話し言葉が続きます。それでまた話されている内容がまったくわからない。おそらくヤクザ用語や博打用語なのだけれど、ほとんど意味がわからない。ものによってはそのすぐ後に説明されるのだけれど、読んでいる瞬間にはほとんど外国語としか感じられないことには変わらないわけで、この人を喰った物語の構成には、とてもしびれる快感を感じさせられました。

またお話しが、これまた良くわからない。登場人物でさえ混乱してしまう錯綜して組筋関係や企業関係は、正直リアルタイムではさっぱり意味がわかりません。ずっと読み通していたのに、何度も後戻りして人物確認をしないとわからないというこの展開は、作者の悪意の表れなのだろうか?などと考えてしまうほど込み入った展開は、だからといって読むモチベーションを下げるものではなく、むしろ物語の没入度を深めてゆくように感じられてしまうから不思議です。やはり法螺話は風呂敷が大きければ大きいほど真実みが増すというか、その気にさせられてしまうというような、作者の思惑にまんまとはめられてしまった感覚が、これまた心地よい。

それで物語自体はと言うと、これまたダークでノワールな感じかと思いきや、良く読めばこれが高校野球の青春物語のような、素直な展開を見せているような気もさせられ、汚れてしまった青春を味あわされてしまったかのような、不純な爽快感が感じられます。どこをとっても、ひねくれた展開、ひねくれた文章、ひねくれた会話に溢れた本書は、それでも清々しい青春小説なのです。このねじくれた世界は、とても新鮮で面白かったですよ。