津原泰水:バレエ・メカニック

バレエ・メカニック (想像力の文学)

バレエ・メカニック (想像力の文学)

植物人間となってしまった娘の捲き起こす幻想的な世界に没入する造形作家の体験した奇妙な一日を描いた「バレエ・メカニック」、その娘の主治医であった脳外科医と造形作家の娘捜しの旅を描いた「貝殻と僧侶」、数十年後、共同幻想の仲に生きる人々と老いさらばえた主治医の交流を描く「午前の幽霊」の連作中篇集。

津原泰水氏と言えば、「ルピナス探偵団」や「蘆屋家の崩壊」など、軽妙で心地よい文章と締まりの良い展開で構成された、いわばわかりやすい小説群と、「少年トレチア」や「妖都」、「ペニス」など、耽美的と言えば耽美的ながら、あまりに作り上げられた世界への没入度が高い、自己完結的な世界で構成された小説群に、その作風はわけられるように思います。ぼくはあまり後者の世界にはのめり込むことができず、本書も読み始めはその香りを強く感じたので、これはあぶないなあと思いながら読み進んだのですが、今回の感想はちょっと違うものでした。

津原氏は、本書ではやはり極めて自己完結的に構築された世界を、なんの説明もなしに描き出すという手法を用います。そのため、始めのうちはまったくわからない言葉の羅列や描写がつづき、読んでいていくつかの言葉はけっして意味を結びません。加えゑ描写は極めて抽象的かつ茫漠として、いったいここに物語が存在するのかすら疑わしい。しかし、読み進めるにつれ、謎めいたことばにすこしずつ意味が与えられはじめ、物語の終盤にはそれらの言葉が一気に一つの物語の流れを作り出します。これは、特に「バレエ・メカニック」に強く感じさせられた構成なのだけれども、本書全体を通じても同じような構成が見受けられました。

文章や言葉の遣い方は、あいかわらずしびれるほど流麗ですが、その言葉の美しさに流されることなく、極めてシンプルに、そして透明度の高い文章で構成された本書は、僕にとって津原氏の新たな一面をみせられたような、静かな興奮を呼び覚ますものでした。渋澤龍彦氏みたいな、わかる人だけわかってみたいな、つまらない世界に閉じこもっては決していない創作への態度が、とても共感できるのです。