コードウェイナー・スミス:ノーストリリア <人類補完機構>

ノーストリリア (ハヤカワ文庫SF)

ノーストリリア (ハヤカワ文庫SF)

人類に永遠に近い寿命を与える薬を独占的に販売する星、ノーストリリアに生まれた少年が、生命の危機を乗り越えるために地球を買い占め、その後地球におもむき絶世の猫人の美女、ク・メルと出会い別れるはなし。

ひとことで言えば、ロマンティックにつきる物語です。その流れるような言葉のひだ、とぎれとぎれに語られる断片的かつ幻想的なエピソード、それらが織りなす一つの壮大な物語を、語りすぎずみせすぎない。なんとも表現のしようのない不思議な世界は、ほんとうに美しい。

中国に生まれ17才にして6カ国語をあやつるようになり、同時に親父の付き添いとしてアメリカの対中外交に携わるようになった著者は、第二次世界大戦朝鮮戦争に軍人として関わったという、まあなんとも、20世紀的な経歴をもちます。そのためか、ことばのひとつひとつに無国籍性と多国籍性を感じさせる本書は、それでも一つの力強い世界を形づくります。なんというか、やはり記述のひとつひとつに深みが感じられるんだよなあ。例えば、といってもあまり分かりやすい例ではないのだけれど、主人公はテレパシーで会話できる人種のなかで、テレパシーを持たない{障害者」として生まれ、大きな疎外感を感じ成長します。その後音声で会話をする地球に行ってみたら、こんどは「下級民」と称される猫人間に変えられてしまい、相変わらず幾多の差別を経験するも、結果的に神秘的な体験を得ることができる。

もう、読んでいるときははずかしいくらいにロマンティックというか、散文的というか、素敵にキュートな物語なのだけれど、やはりぼくの印象としては、著者の「他者性」に対する深い理解と悲しみ、そしてその克服への幸福な期待が感じられました。多くの文化と社会と戦争、そして自身も片眼を失明するという経験が、物語に大きな響きと鳴りを与えているように思えてなりません。訳文が訳文で、これがまた凄いんだ。とても1987年に書かれたとは思えない瑞々しい文章で、びっくりしました。翻訳というものは、やはり著者と訳者の共同作業によるものなのだなあと、改めて感じさせられました。この訳文を経験するだけでも、本書には一読の価値があるように思います。