瀬戸口明久:害虫の誕生 虫から見た日本史

害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)

害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)

「害虫」という概念が、いつごろどのようにして成立したのか、基本的には社会の側から生物を見つめ直し、その存在の「意味」をまとめたもの。

これはまず、なんと言っても読み物としての面白さが素晴らしいのです。著者は生物科学の専門家だそうですが、ちょっと読んだだけではまるで歴史の解説書を読んでいるくらい文献的史料に溢れ、またそれが絶妙に生物化学的な視点と結合されているのが心地よい。

本書の眼目は、やはり「害虫」という「既成概念」が、どのように「既成」のものとなったか、歴史的・思想史的に解き明かすという、語りの形式にあるように思います。そこでは、極めて即物的な面からの視点(例えば江戸時代では害虫駆除に水田に油をまくという手法が採られていたなど)に加え、当時の思想的状況(例えば「害虫」のイメージがどのように戦争時において利用されたか)が解説され、見事にぼくの「害虫」に対するイメージは覆されました。

それは、例えば「衛生」や「健康」の概念が戦争とともに広まったこと、ならびに「標準語」が軍隊において規定され成立したような、なにか薄気味悪くも個人があらがうことができない流れに基本的には属するものであり、現在の状況を批判的に眺める視点を与えてくるとものだと思います。これが博士論文を加筆したものだなんて、凄い人もいるもんだなあ。もうこのように書かれると、「害虫」以上に大事な問題は無いかのような錯覚すら憶えます。

もう一つ感じたのは、こちらは少し残念なところなのだけれど、章によって書き込みが今ひとつというか、もっと言ってしまえるような箇所が、特に後半に散見されたことです。なんだかちょっと傍観者的なんですよね。そりゃまあ、農家ではないのはわかるのだけれど。