神林長平:敵は海賊・短篇版

敵は海賊・短篇版 (ハヤカワ文庫JA)

敵は海賊・短篇版 (ハヤカワ文庫JA)

敵は海賊」シリーズの元祖であるその名も「敵は海賊」という短篇を皮切りに、海賊のマーゴ・ジュティが遭遇したオカルティックな未知との遭遇譚「わが名はジュティ、文句あるか」、海賊の守護神匋冥が、その膝でくつろぐ白い猫クラーラと出会ってしまった顛末を描く「匋冥の神」、そしてラテルとアプロが海賊たちのしかけた罠のおかげで異世界戦闘妖精雪風と遭遇する「被書空間」の四編を収録。

以前会社勤めをしていたとき、本を読みたいのだけれど本を選ぶ時間がないときには、決まって神林氏の小説を買うことにしていました。だって外れがありませんから。しかも多作だし。その中でも一番好きだったのが「敵は海賊」シリーズで、本書に収められた「敵は海賊」もぜったいに読んでいるはずなのに、まるで初読のように楽しめてしまった。なんとなくおぼろげには思い出せるのですが、ほとんどストーリーも憶えていませんでした。

敵は海賊」シリーズの良さは、ラテルとアプロの調子の良いはなしことばの掛け合い、そしてそのため全体的に物語が明るくなるところにあります。神林氏は、ともすれば思弁論的な世界に唐突に没入し、読み手を置いていってしまうこともたまにあるような気がするのですが、「敵は海賊」シリーズでは、むしろ登場人物たちに神林氏がひっぱられ、いやでも喜劇的なる物語を書かされている、そんな気さえするグルーブ感があります。

直接ラテルやアプロがでてこないお話しが半分を占めるのだけれど、それでもこのリズム感は失われることがありません。これはやはり、どこかでアプロやラジェンドラが目を光らせているからなのでしょうか。最後の「被書空間」だけ、ちょっと理屈っぽい神林氏が顔を覗かせるのだけれど、結局ラテルとアプロの掛け合い漫才にて幕を閉じます。やはり、この勢いには作者でも勝てなかったか。。