小川一水:煙突の上でハイヒール

煙突の上にハイヒール

煙突の上にハイヒール

現在よりちょっと技術が進んだ近未来、人目を忍んで一人乗りプロペラ型飛行機を乗り回す女性に訪れたちょっとした人生の転機、飼い猫に取り付けた小型カメラから発展してゆくコンビニバイトの女性と大学生との関係、クリスマスイブに彼と決定的な破局を迎えてしまった女性と人間介護ロボットのやりとり、人型介護ロボットを開発する天才技術者とその上司の微妙な関係、脅威の感染力を持つウイルスのため人口が激減した世界での疑似親子関係から生まれるドラマなど、ちょっとした出来事と大きな展開を生み出す物語を集めた中編集。

なんだかかわいらしいタイトルと、中村佑介氏のおしゃれな装画に、お気楽なSF中編集かと思って手に取ったのですが、ちょっと内容は期待とは異なるものでした。それは別に期待はずれというわけではなくて、例えば最初の「煙突にハイヒール」は、結婚詐欺に巻き込まれ自暴自棄になった女性が、突発的に一人乗りプロペラ機を衝動買いしてしまうところから物語がはじまり、その後川で遭難しかかった男性の救助のお手伝いをするところからまた新たな展開がはじまるという、いくぶん重い背景を背負いながら、ゆっくりと、しかししっかりと人々が自分の生を生きてゆく姿が描かれるもので、ひじょうに物語の構築への意志がはっきりと感じられる、着実な手応えの感じられるものだったという意味であります。

そこでの技術の取り上げられ方は、これもSFというジャンル的な枠からはあくまで自由であって、それは例えば奥泉光氏の物語の構築方法にも似た、一つの物語を構築することを目的とするための、もう少しいえば、目の前の現実をある違った視点からのぞかせることで、その豊かさに気づかせてくれるような、そんな繊細な使われ方で、とても素直です。文章も、最近多作だなあと思いながらも、ことばの使い方、リズム、会話文の切れの良さなど、どれをとっても切れ味が感じられ、文字を追うだけでも楽しめるという、最近余り感じられない楽しさを存分に感じさせてもらえるものでした。

しかし、最近の光文社さんにはやられっぱなしです。先日の東川氏の「ここに死体を捨てないでください!」といい門井氏の「おさがしの本は」といい本作といい、お手頃値段で素敵な物語を、しかもやたらおしゃれな装丁で連発されています。よほど編集者の目利きが良いのか、それとも会社的に素敵な作家と装丁家をじっくり育てる気風があるのか。いずれにせよ、とっても素敵な出版社であることはまちがいありません。こういう出版社には、是非頑張ってもらいたい。とにかく購入するしか、応援する手だてはありませんが。