ジョジュ・バゼル:死神を葬れ

死神を葬れ (新潮文庫)

死神を葬れ (新潮文庫)

マフィアに追われる立場にある主人公は、司法取引による証人保護プログラムを利用し、現在は病院の勤務医として働くのだが、そこに過去を知る男が入院してくる。この危機を脱しようと思う主人公は、しかし襲い来る強盗、逃げ出す患者、フェロモン多きMR、うさんくさい招待医などにつぎつぎに邪魔され、大変なことになるはなし。

本書は二つの物語がカットバックされながら展開してゆきます。一つは主人公が現在勤務している病院での状況で、二つ目は主人公の生い立ち、とくになぜ主人公がマフィアに追われるようになったのか、という物語です。このテンポの良さと、オフビート感がたまらなく心地よいと感じたのは、実は購入してからでした。購入した直接の理由は、舞台が病院であることと、またまるで専門書のように執拗に各頁ごとにさしはさまれた注釈が、なんとも味わい深い、こころから読者を馬鹿にしたふざけたものだったからです。特に、自己言及的な注は、著者の深い学識と論文に対する愛情、そして強烈な皮肉を見事に表現していて素晴らしい。

物語はとてもテンポ良く進み、ある意味コメディー的な雰囲気も旺盛に盛り込まれるのだけれども、一方で内容自体は重苦しく、けっして爽快なものではありません。冒頭の主人公がホールドアップに会い、その相手の靱帯をブチ切り脱臼させるシーンなど、あいたたた、、と顔をしかめてしまうくらいになまなましい。また、主人公の生い立ちや、後半で明らかにされる様々な真実は、とんでもなく不愉快なもので、あまり元気のない時に読むのは危険かも知れません。でも、それをまったく感じさせない、奇妙な高揚感と明るさが、本書には見られるところが興味深い。なんで、こんな救いのない話がとても楽しいのか。それはおそらく、前述の注の多用に見られるような、著者の深い(というかあざとい)学識の、露悪的なひけらかしが、かえって慎み深く感じられるからではないかな。とにかく、最近アメリカ系サイコスリラーには、宣伝が煽りすぎなものが多く見られるようなきがしますが、これはとてもよかった。池田真紀子氏の翻訳も、面倒な医療用語を見事に訳し落とし、なおかつポップでパンクな雰囲気を伝える素晴らしいもの。これ、かなりの名訳だと思います。