山本弘:闇が落ちる前に、もう一度

闇が落ちる前に、もう一度 (角川文庫)

闇が落ちる前に、もう一度 (角川文庫)

自分の存在の不確かさを確かめてしまった大学生、屋上で恐ろしいものを見つけてしまったサラリーマン、自分のなかに憎悪を発見してしまったAI、夜に恐ろしい顔を見るようになってしまった恋人を持つ若い女性、自分が望んだ「ここではない」世界にはじき飛ばされてしまった少女を描いた短編集。

「神は沈黙せず」があまりにも良かったので、既刊の本書を読んでみることにしました。全体的には、なんだかホラーテイストが強くて、多少苦手な部類にはいる物語ばかりでした。一方で、先日日本SF傑作選を読んだからかもしれませんが、SFとはどのような小説のありかたか、面白く考えさせられたこともまた事実であります。

本書で描かれる風景は、主人公があたりまえと思って受け止めている現実になにか微妙なゆがみが生じ、それが増幅され最後には破滅的な展開をむかえることになります。これは、そういえばそのままフィリップ・K・ディックの世界にあてはまるといえばあてはまる。ただ、ディックの場合は、なんというか本人も無自覚的にあちら側の、おそろしい世界に踏み出してしまっているのに対し、本書はある程度以上、作者のブレーキ感というか、きわめて人間的な理性とでもいうものが感じられます。それが、本書の堅実さでもあり、いくぶん物足りないところでもあります。