仲正昌樹:今こそアーレントを読み直す

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)

ハイデガーの弟子として古典的な哲学を学んでいたものの、ナチスドイツのユダヤ人排斥によってアメリカに避難し、そこで公共性や人間性に関する議論を展開したハンナ・アーレントの解説書。

ぼくの大学院時代の先輩で、深く尊敬する方が、ハンナ・アーレントの大ファンでした。それで「人間の条件」を勧められ、1ページ目であまりの難解さに断念したことが、本書の表紙を見ていたらまざまざと思い出され、この本ならいけるかもしれない、と思い購入しました。

結果的にはとてもわかりやすく、かつ面白い記述で、最後までなんとか議論をたどれたように思います。いいなあ、と思ったのは、たとえば国民国家形成期における、同質集団が形成されるとかならず仲間はずれを発見してしまうことを、ドイツにおけるユダヤ人排斥のメカニズムによって説明する以下のような部分。
「彼女はそこに、「同一性」を求める国民という集団が、自分たちの身近に「異質なる者」を見出し、「仲間」から排除することによって、求心性を高めていこうとする「自/他」の弁証法のメカニズムを観る。本当のところは誰を標的にしてもよかったのであるが、歴史的にヨーロッパ諸邦における迫害の対象であり続け、しかも市民社会の発展と共に、各「国民」の内部に入り込んで見えにくくなっている「ユダヤ人」は、仲間を内部から浸食する「敵」としてイメージしやすかった。」

また、アーレント国民国家の結合の強さは、共通の「敵」を見出すことによってさらに強化されると述べます。そのさい、わかりやすい「敵」を見出すために、いつもなにかしら「陰謀論的な物語」が生み出される。著者はこの状況を、現代の政治的状況をアナロジーとして使うことによって、わかりやすく解説します。
陰謀論的な物語というものをもう少し広い意味で取ると、自分の制作に反対する者たちを全部ひっくるめて「抵抗勢力」と名指しして、それを打倒することが、日本の経済を立て直し、明るい未来を切り開くことに繋がると主張して、人気を集めた小泉元首相の手法も、それに含めることができるかもしれない。その逆に、小泉元首相や竹中平蔵もと経済財政政策担当大臣、財界首脳などから成る「新自由主義者」たちが、市場原理主義的な“改革”の犠牲者であるはずの若者たちを「改革」とか「自己責任」「愛国心」などのマジック・ワードで洗脳して、現実を見させないようにし、戦争に向けて動員しようとしている、と主張する左派の言説も、かなり陰謀論的である。」

本書はアーレントの解説書、入門書なのですが、上記の記述でもわかるように、かなり著者のことばで、著者の思いがわかりやすく述べられています。ぼくがこの本に最初にくらっと来てしまったのは、実は序章の終わりのほうの部分でした。そこまでに著者は、アーレントは「わかりやすさ」の危うさを強調し、また著作自体も簡単な結論を見出しづらい、「わかりにくい」ものであるとした上で、以下のように述べます。
「読者には、ここまでの私の書きっぷりからして既に十分想像がついていると思うが、私は「分かりやすすぎるのは問題」だと言っているわりには、いろんな意味で“分かりやすい”書き方をする方である。あまり哲学・思想関係の本に慣れていない読者には、十分難しすぎる書き方かもしれないが、アーレントの小難しい文章が好きなマニアの人たちにとっては、全然物足りないくらい“分かりやすい”書き方だろう。というより、わたしの趣味でアーレントをねじ曲げているようにしか思えないだろう。その通りなので、否定はしない。」

いつも思うのだけれど、自分の思いや考えを伝えると言うことはとても難しく、コミュニケーションの閾値を下げるというか、簡単なことばで文章を構成するということが、その内容がいかに複雑で非単純なものであっても、とても大事なことなのです。本書はその意味でも、とても良い勉強になりました。いい本だぜ。