前川知大:散歩する侵略者

散歩する侵略者 (ダヴィンチブックス)

散歩する侵略者 (ダヴィンチブックス)

夫が三日間行方不明になったと思ったら、病院から電話が。駆けつけてみると、そこには今までの亭主関白とまったく違う、なにか真っ白な人格の「夫」がいる。しかも、道端で発見されたとき、裸足で金魚を持っていたらしい。そして自分のことを宇宙人だと言う。。

縁日で突然金魚を食べ出した老女が、翌日一家を惨殺する場面から始まる本書は、しかしその鮮烈なイメージとは異なり、とてもゆったりとした、ある種のほほえましさを感じさせてくれるくらい、人間的なることを描き出しているように思います。

宇宙人にのっとられてしまった夫は、まるでこどものように豊かな心の広がりを妻にみせます。しかし一方で、彼は散歩しながら出会う人からいろいろな感情を奪い取ってしまっている。感情を奪い取られた人は、例えば「家族」とか、「自分」などの、奪い取られた感情を失ってしまい、人間として生きてゆくことが困難になる。

宇宙人はほかにも何人かいて、そのそれぞれが様々な事件を起こしてゆくのだけれど、結局のところ、本書は「愛」のはなしなのです。もしくは、人間の「人格」や、「感情」を取り払ったところになにがあるのか、文章の形で模索したもののように思えます。

その文章が、また素晴らしい。あくまで堅い地の文の語り口と、登場人物たちのさばけきった心の声は、なんだかとても取り込みやすい。というか、あっというまに本書に取り込まれてしまったなあ。ぜんぜん有名ではない本だと思うけど、SFとしても、近年まれに見る傑作だと思わされました。あれとか、あれとかを読むのであれば、本書を読んだ方が絶対によい。断然お勧めです。