川崎健:イワシと気候変動 漁業の未来を考える

イワシと気候変動―漁業の未来を考える (岩波新書)

イワシと気候変動―漁業の未来を考える (岩波新書)

イワシが捕れなくなってきている昨今の状況から、その原因に対する仮説を築き、いつのまにか大規模な気候変動に関する議論を力強く展開する。

大学の生協に平積みされていて、そのタイトルの魅力に思わず購入してしまいました。品揃えは良くないのに、こんなに素敵な本を入荷する生協職員の卓見には脱帽です。

さて、イワシにも気候変動にもまるで知識が無かったわたくしが、まず本書に惹かれた理由は、その書きぶりにあります。例えば、コスタリカの首都サンホセで行われた「浮魚資源の資源量と魚種組成の変動を検討する専門家会議」に出席した筆者は、以下のように述べる。
「現在でもそうであるが、国際学会には通常二種類の参加者がいる。学会が参加費用を負担して招待し、基調講演をする著名な研究者と、自前で旅費を工面して参加するその他の研究者である。サンホセ会議では、私はその後者であった。」
このように思い切り自分を卑下しておいた後に、筆者は他の研究者がまったく予想もしていなかった発表で会場を混乱の渦にたたき込み、そして経年的な調査研究によってその正しさを認めさせ、一躍この世界でのパラダイムシフトを成し遂げるのです。というか、そのように著者は語ってゆきます。この、謙虚な姿勢での描写かと思いきや、気がつけば自分絶賛なところが、とても素晴らしい。

その他にも、以下のようなとても素敵な記述が散見されます。
終戦後の日本はたいへんな食糧難であった。当時の庶民の主な食料は、米とイワシであったが、凶作による米の不足に加えてイワシがさっぱり捕れなくなったのである。そこで、水産庁は1949年10月に「斯界の権威者」を集め、「イワシ会議」を開いて不漁の原因を探ろうとした。」
「一つは、アメリカの著名な水産資源学者R. H. パリッシュ、海洋学者A. バクーンらの報告である。彼らは、世界の多くの水域のマイワシの資源変動について、総括的な解析を行って、次のように述べた。『漁業はマイワシやカタクチイワシの極端な変動を引き起こしているので、評判が悪い。カリフォルニア海流のマイワシとベンゲラ海流のマイワシは、激しい漁業によって崩壊した。アンチョベータ資源が激しい漁獲の結果崩壊したことはよく知られている』」
この、わかるようでよくわからない専門用語の並べ方には、ついにこにこして読み進んでしまう楽しさがあります。また、研究者ならばわかると思うけれども、最後に引用した部分は著者が反対し、ほぼ否定した学説なのだけれど、著者の意地悪さというか、してやったりという気分が、この訳文のことばの選び方に浮かび上がってきている気がして面白いのです。

全体としては、地球全体が一つのシステムであること、その大きな要素に海流があり、その変動を評価するわかりやすい指標としてイワシがあることが、まったく逆の筋道から解き明かされたことが示され、とても大きなスケールで圧倒されました。しかしこの躍動感溢れる文章を、御年80才の大研究者が書いているなんて、凄いなあ。