森見登美彦:きつねのはなし

きつねのはなし

きつねのはなし

京都を舞台として、ある古道具屋にまつわる怪異な話しをまとめた中編集。古道具屋のバイト学生が不気味な客と出会う「きつねのはなし」、おかしなはなしを語り続ける先輩の姿を描いた「果実の中の龍」、夜な夜なあらわれる通り魔の影を追う少年たちを描いた「魔」、そして祖父のお通夜の一晩の出来事「水神」の四編収録。

新潮文庫の新刊で並んでいたので、購入しました(書影は単行本版です。文庫は税別476円)。単行本では以前読んだのだけれど、すっかり憶えていない。わたしの記憶力って、本当に便利だと思わされます。

本作では、いつもの脱力感溢れた文体は採用されず、おそらく作者としては相当大変だったのではないかと思われる、静かで落ち着いた文体で物語は描かれます。それは、おそらく本書をジャンルで分類すると、軽いホラーということになるのではと思わされる、怪談めいた物語の質が要請したことなのではともはじめは思いましたが、読み進んでいくうちに、そうでは無いのではないかと思い始めました。

もしかしたら、森見氏は自分のことを描きたかったのではないか。「果実」に登場する「先輩」や、「水神」で語られる綿々とした家族の系譜は、もしかしたら森見氏が自身で経験したことなのではないか。もしくは、自身で深く妄想したことなのではないかなあ。いつもの諧謔味溢れた文章に韜晦されている、森見氏の恥ずかしい内面が、むしろこのような文章によって浮き出されているような気がして、とても心地よく読むことができました。

しかし、すべての物語の筋書きが、説明しようと思うと少しのことばで終わってしまうところは、ほんとうに素晴らしい。物語って、やはり筋書きの中の中、文章の襞の奥底に、眠っているような気がしてなりません。