穂村弘:現実入門 ほんとにみんなこんなことを?

現実入門―ほんとにみんなこんなことを? (光文社文庫)

現実入門―ほんとにみんなこんなことを? (光文社文庫)

みんなが「普通」にできることができない穂村さんが、光文社の編集者のサクマさんにそそのかれ、というか強引に誘われ、いろいろな「普通」の人々が行うことにチャレンジするドキュメント。

まず献血。その次はモデルルーム見学。その後占い、結婚式のお祝い、合コン、祖母の訪問、はとバスと続く。この、行いのセレクションも素晴らしいのだけれど、それに対する穂村氏の思いが、これがまた痛々しく素晴らしい。

例えば合コン。穂村氏は以下のようにサクマさんに述べる。
「「取材とは云っても合コンは本物なんだから、もしそこで恋が生まれたら、それは本物の恋ですよね」と私は云った。「はい」サクマさんは真顔で頷いた。そう。女の子のきらきらの目は本物なのだ。今度こそ、私だけのきらきら目を獲得するぞ。初めての合コンを、逆転の花園にするのだ。」

この、恥ずかしい心情の吐露。当然、これは雑誌に書かれた文章なので、ある程度の演出はあるはずである。でも、あまりにも痛々しい。とても、演じているとは思えない。おそらく、穂村氏は本当に、逆転の花園を獲得する気なのだ。そう思わせる生々しさが、穂村氏の力の抜けきった、まるで地球人ではない、どこか他の星の人のような文章で述べられると、不思議と心につきささる。

歌人の穂村氏なので、文書の力強さは、もうはなしにならない。読んでいて、この緊張感は、やはり文章と向き合って生きている人のものだと、思わざるを得ない迫力がある。たとえて云うならば、写真集を見るようなものです。そこには、ぼくたちが趣味で取るような、いやらしくていじましい、なんともいえない小ささがない。とっても卑近で、とても小さな、なおかつおそろしいまでの気迫が、隅々に感じられる。

でも、一番ぼくがはっとしたのは、これがノンフィクションのようでいて、実はすべてフィクションである可能性が、最終的に示唆されることである。本書の中で、穂村氏は編集のサクマさんに、恋心を感じ、妄想をふくらませ、同棲し結婚するかのような記述をしてしまう。でも、最後の最後に、サクマさんが存在しない、ということが明らかになる。ぼくは、完全に混乱し、脱力し、楽しくなってしまった。これが、文章のちからなのだ。これが、虚構の力強さなのだ。そんなことを、感じてしまう、云いようもなく素敵な物語です。