山口二郎:ブレア時代のイギリス

イギリスで2007年まで、12年間にわたり首相の座にあった労働党のブレア氏の行ってきた政治とはどのようなものであり、どのような位置づけで理解すべきものなのか、歴史的文脈とマクロ的な視点から解き明かし、あわせて日本を含めた今後の展望を語ったもの。

僕たちの日常で、いわゆる「政治」のはなしをすることは少ないように思います。むしろよく言われるのは、「日本は消費税率を上げるべきだ」とか、「なぜこんなに給料から税金を持ってゆかれるのか」とか、「北欧は福祉と教育が充実していて、それに比べて日本は、、、」などといった、ある意味ミクロな視点の事柄のように思います。でも、なにか僕は違和感を持っていた。

例えば、税金というものは、社会のインフラの質を規定するものではないかと思う。もし自分が重度の障害を持つことになったとき、どのようなサービスを受けることができるか、そのような社会保障のありかたを選択するという文脈で、税金の多寡は論じるべきではないか。そのようなことを、本書を読んで強く感じさせられました。

僕のトニー・ブレアに対する印象と言えば、はじめは大衆煽動的な政治家に見え、また911以降はアメリカ以上にアメリカ的な政策を指示する、極めて危険な立ち位置のひとというものです。しかし、どうやらものごとはそんなに単純では無いらしい。イギリスでは、議員は徹底的に地域での政治活動を行い、その中で能力が認められた人が党から推薦され立候補するというシステムをとるようで、つまり議員は相当に政策と選挙対策に精通するようになるとのことです。アメリカでプロレスラーが州知事になったり、日本で支離滅裂な政策を掲げる元タレントが県知事になってしまう現状と比べると、なんとも言い難い思いがします。

本書では、上記のような基本的な選挙制度に加え、かつての「福祉国家」が現在どのように運営されているのか、また教育や犯罪抑止、外交政策がどのようなスペクトラムの中で展開されているのか、政策の指針と実際の事業の功罪を、マクロ的な指標を用いながら多面的に論じています。政策を理解する上で、このような幅の広い視点はとても説得力があります。余談的ではありますが、対GDP比で見る日本の医療費は、医療の面では最近極めて評判の悪いイギリスとほぼ同じ程度とのことです。日本の医療政策を批判し、日本の医療従事者の努力を賞賛するには、このような視点は必ず必要だと思うのです。

しかし、現在の政治的状況は目を覆わんばかりです。本書は政治的立ち位置に関しては議論があるとは思いますが、政治というものの意味を理解するには、極めて良質な書籍だと思います。みなさん、是非衆議院選挙の前に手にとって読んでみて下さい。

ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979))

ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979))