恩田陸:ネクロポリス 上・下

日本が英国統治下にあったとの歴史を持つパラレルワールドには、V.ファーという不思議な島がある。その島には「アナザーヒル」という丘があり、そこには「ヒガン」の期間中に亡くなった人々が現れる。この現象を目撃するため、東京の大学から V.ファーにやってきた青年は、亡くなった人に次々遭遇するだけではなく、「血塗れジャック」や「ワンハンドレッドテールズ」など、さまざまな怪異に見舞われることになる。

恩田氏らしい、なんとも茫洋とした、つかみどころの無い雰囲気に充たされた、不思議な手触りの小説でした。はじめは「血塗れジャック」という殺人犯を巡る推理小説的な物語なのかと思ったのだけれど、事態は次々と超自然的な展開を見せ、それが微妙に変形した日本の文物とともに語られると、もう、訳が分からないままでいいやと思わせてしまう、ある意味超力業の小説でした。

このような語り手の自由度の高い作品って、むしろそれゆえに物語の枠組みが重要な気がします。例えば「新世界より」では、その強固な枠組みの中で物語が深く深く掘り下げられ、その職人芸には読んでいて思わずにこにこさせられるものがありました。しかし、本書はそれとはまったく逆の作劇法を取ります。恩田氏は、自由気ままに物語の枠組みをねじ曲げ、ふくらませ、千鳥足のような、職人芸のような、読んでいてこれは本当に収束するのか、と危うい気分にまでなってしまうような世界を作り上げます。そういう場合、往々にして読み疲れてしまうと言うか、好きなようにお願いします、それでは、と言ってしまいたくなることが多いのだけれど、それをすっと最後まで読ませてしまう力強さは、恩田氏の初期の作品から今に至るまで、相変わらず健在で面白かった。

これを読んでいて連想したのは、日本に行ったことの無いアメリカ人が想像で日本での殺人事件の顛末を描いたという体裁をとる、山口雅也氏の「日本殺人事件」です。これも、なにかすべてがどこかおかしい世界を描き、しかもその中の理屈はきちんと通っているという、極めてナンセンスなおかしみに満ちた傑作でした。その世界を、上品にまとめ、ホラーとファンタジーの要素を加えたのが、本作という感じがします。登場人物の台詞のあちこちに、自己言及的な記述が見られるのも、とても楽しめます。

ネクロポリス 下 (朝日文庫)

ネクロポリス 下 (朝日文庫)

ネクロポリス 上 (朝日文庫)

ネクロポリス 上 (朝日文庫)