山田正紀:ふしぎの国の犯罪者たち

六本木のとあるバーには、名前を明かさずに「兎」「帽子屋」「眠り」と、ふしぎの国のアリスにちなんだ名前でそれぞれを呼び合う男たちが集う。普段は普通の暮らしをいとなむ彼らが、ふとしたきっかけで銀行強盗や誘拐事件などに巻き込まれ、いつのまにか人生が激変してしまうはなし。

山田正紀氏の文章は、例えば音読して美しいわけでもなく、紋切り調で硬い、決して滑りが良いとは言えないものだと感じます。しかし、氏の文章は不思議な力を持っていて、なにか馬鹿馬鹿しい、そうでもなければまじめに物語の世界に没入することなどできる訳のない、荒唐無稽な世界を作り上げてしまう。この物語もそんな感じで、良いおとながお互いを「帽子屋さん」とか「兎さん」などと呼び合う姿は、想像するだけで寒気が走るのに、山田氏の手にかかると、これがとたんに幻想的で虚無的な、それこそ「ふしぎの国のアリス」的世界に様変わりしてしまう。

物語自体も極めて不合理な構成で、始めはゲームのつもりでなぜか犯罪行為を始めてしまった主人公たちは、次々に不可解な事件に巻き込まれ、最後は(山田氏らしく)とんでもないことになってしまう。どう考えても無理筋というか、ふとした瞬間に我に返ると、すべてが馬鹿馬鹿しく感じてしまいそうなのに、山田氏の魔法は決して解けることはありません。「〜なのだ」や「〜のである」など、はっきり言って「格好悪い」としか思えない文章なのに、なぜこれだけ疾走感があるのか、正直不思議です。実は、本当に考え抜かれ推敲された文章なのだろうか。でも、これだけ物語を構築する力強さは、そうでもないと生まれないよなあと、本作においてもしみじみ感じさせられました。

ちなみに本書には四編の中編からなる表題作と、短編が三篇収録されています。その短編もどれも良いのだけれど、特に「閃光」は素晴らしかった。このアンチクライマックスというか、盛り上がりの無さが良いんだよなあ。

ふしぎの国の犯罪者たち―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

ふしぎの国の犯罪者たち―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)