ジャック・ルーボー:麗しのオルスタンス

おそらくパリのどこかと思われる街で、教会の専属オルガン奏者である神父の双子の娘の友人で哲学を専攻する、オルスタンスという不必要にセクシーな女性は、図書館へ向かうバスの中で不思議な青年と知り合い恋に落ちる。その謎めいた青年の秘密を目撃した高貴な猫であるアレクサンドロ・ウラディミロヴィッチは、オルスタンスの指導教授の飼い猫と逢瀬を楽しみ、その間に金物屋が次々に襲われる事件が発生するはなし。

最初から最後までよく分かりませんでしたが、でも面白かった。物語は上記のごとく無意味に分節され、様々なことどもが相互に関連しつつ、一定の結末をめざすことなく進展する。とても実験的だし、手法としても前衛的と呼べると思うのだけれど、なにか全体として物語のまとまりを感じさせるから不思議です。

こういう実験的な物語って、だいたい最後まで読むと不思議な怒りといらだちがわきおこってくるものなのですが、本書に関してはそんなことはまったくなくて、むしろそれぞれの無意味な記述の無意味さがとても楽しく、まあ、物語はどうでもいいような気になっても楽しめてしまう。これはひとえに著者と翻訳者のことばの扱い方の巧みさによるものだと思うのです。正直、綿々と書きつづられた内容は、一言で言えば下品でくだらないとしか思えないのだけれど、それでもこんなに楽しめるってのは、結構ものすごい。著者のジャック・ルーボー氏とは、アンドレ・ブルトンに共感しつつもその政治性に反発したレーモン・クノーなる人が結成した「ウリポ」という実験文学集団の一員だそうです。まったく聞いたことがありませんでした。

麗しのオルタンス (創元推理文庫)

麗しのオルタンス (創元推理文庫)