山口二郎:若者のための政治マニュアル

政治運動にどのように参加すればよいかというような運動論の解説書かと思わせるタイトルですが、内容はまったくそのような感じではなくて、どのように世の中のものごとを捉え、受け止め、考えるか、そしてどのように考えることが、自分を中心とした世界をより良いものにできる可能性を高めるのか、具体的に検証したものでした。久しぶりに、ちからづよい大人の文章を読むことができた気がしました。

本書は10の章からなるのだが、まず最初からとてもよくて、タイトルは「生命を粗末にするな」。この章のかなめは、イラクを訪れた日本人が拉致された際に、「あんなやつは死んで当然だから助けなくてよい」と公言してはばからなかった政治家に対する著者の怒りにあるのだと思うが、それはどんどんと幅広い議論につながっていって、平和とはどのような状態なのだろうか、そしてなぜ日本人は年に3万人もの人々が自ら死を選んでしまうのだろうか、という思いに至る。そこで著者は、ひとがひととしての尊厳をたもつためには、経済的な条件はもちろん、お互いがお互いを認め合うような場が必要なのだ、と結論づけるのです。おそらく、この思いが、上で述べた決して相手を認めようとしない政治家のようなひとへの怒りと連結するのだ、と僕はうけとった。

次の章は「自分が一番 もっとわがままになろう」、その次の章は「人は同じようなことで苦しんでいるものだ、だから助け合える」と、とても素敵なのだけれどなにか宗教的な教義のような雰囲気もただようタイトルでちょっと不安です。でも、実際はそんなことはなくて、「同じようなことで苦しんでいる」の章では日本と欧米諸国の社会保障費の対GDP比が示されるのだけれど、これはちょっとびっくりでした。例えば、日本の社会保障費全体の対GDP比は、(挙げられた国の中では)アメリカの15.2%に次いで低い17.5%、ドイツ・フランス・スウェーデンがいずれも30%弱であることに比べると、あからさまに低い。また医療崩壊とよばれるなか、医療に対する給付の対GDP比は5.4%と、この分野では最下位を記録する。また福祉に至っては2.9%で、アメリカの2.1%はお話しにならないけれども、他の国々とは2倍から4倍の差があるんだよね。これじゃ自立支援法もうまくいかないよ。

思いや勢いは世の中をよくしてゆくためには大切だけれど、それだけでは納得できないひとも多いし、むしろそのような情熱の放熱に突き動かされてしまうのは、あんまりよいことだとは思いません。でもこのように、熱い思いを静かなことばに託し、淡々と思いを語る著者の姿勢には、深く共感したのです。

若者のための政治マニュアル (講談社現代新書)

若者のための政治マニュアル (講談社現代新書)