ミチオ・カク:サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か

年を明けてからというものアレステア・レナルズのオーソドックスながら洗練され、かつ構築美にあふれたエンターテイメントSFの世界に浸りきりだったので、少しばかり読書の目先を変えようかなと思っていたのだが、有隣堂で平積みにされていたのをうっかり手に取ってしまい、数頁目を通すともう我慢ができず、レジを経由してお家に連れ帰ってしまっていたのである。
超ひも理論」という、何度聞いても冗談にしか聞こえない(かつ内容のまったく想像つかない)理論物理学の一分野の権威であるという著者は、いわゆるSF的な世界で展開される様々なアイディア、タイムマシンやスターシップ、テレポーテーションや念力などを、物理学がこれまで構築してきた知見、というか世界観を評価軸に、その実現可能性に関し3つに分類し、それぞれ説明する。これがとても楽しいのだ。
例えば「Ghost in the shell」でおなじみの光学迷彩について、著者は「不可視」と題した章で、ある種の物質が精製されれば部分的には可能だと述べる。面白いのは、一方でそれとはまったく別の手法を東大の舘研究室で開発中であることにも言及していることで、なんだか想像上の世界がぐっと身近に感じられる。また、相対性理論によると移動するスピードが速くなると、移動している人の主観的時間が遅くなるという(「トップをねらえ!」でおなじみの)議論は、GPSを成り立たせるためには必要不可欠であることなども、本書で初めて知ったことである。
しかしなによりも楽しいのは、作者の諧謔に満ちた、それでいて楽天的で明るい語り口である。いまでは大人気の「超ひも理論」の研究は、過去にはまったく顧みられず、失業者の予備軍であったことなどをひきながら、世の中の移ろいと不確定性を実感に溢れた言葉で語る著者の筆致は、本書がSFの技術的解説書では無く、むしろ物事の考え方、捉え方に対する、非常に柔軟な姿勢を著者なりにわかりやすく説明したものだと思えた。
でも面白かったなあ。著者によると「不可能」にカテゴライズされるのは「永久機関」と「予知能力」だけだというから、驚きである。あ、あと素晴らしいのは、著者によって引用される映画や小説のバラエティの豊かさである。「スタートレック」や「スターウォーズ」はお約束として、「ザ・シンプソンズ」や「銀河ヒッチハイクガイド」には思わずにっこりです。翻訳も、結構大変だったと思うけど、硬質ながら様々な表情を見せる語り口を見せつける見事なものでした。