ヘニング・マンケル「タンゴステップ 上・下」

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈下〉 (創元推理文庫)

タンゴステップ〈下〉 (創元推理文庫)

舌に癌が見つかったことでアパシーに襲われた主人公の警察官は、離れた町で引退していた以前の上司が凄惨な方法で殺されたことを知る。癌に対する恐怖で自暴自棄になった主人公は、恐怖から逃れるためわざわざその町におもむき勝手に聞き込み捜査をはじめるが、結果次々と恐ろしい事実を明らかにしてしまう。

ヘニング・マンケルとは、僕が知っている唯一のスウェーデン人ミステリー作家なのだが、スウェーデンミステリーってこんなにも暗く、またこんなにも質が高いのだろうか。スウェーデンには行ったこともないし、どんな気候かもさっぱりわからないのだが、とにかく皆さん寒々とした孤独感の中で生きているようである。でも物語自体は起伏に富んでメリハリがあり、それほど陰鬱な感じがしないところがとても興味深い。物語は終戦直後のドイツにおける戦争犯罪人処刑場面から始まるため、ああこれから上下二冊にわたって重苦しい話を読まされるのかと覚悟を決めたのだが、主人公は癌が見つかっただけで大騒ぎ、行った先の街の警官はボーリングの話ばっかり、その同僚は銃を盗まれ精神的に落ち込んでしまうなど、物語としては筋は通っている一方で、全体的にただよう牧歌的というか、文字通り間の抜けた雰囲気に一度気がつくと面白くてたまらない。おおむね御都合主義的に話が進み、どんどん主人公が思い通りにお話を展開させてゆく構成も、全体の陰鬱さとはうってかわった明るさがあり安心できる。などと書いているうちに、おそらくこれは典型的なスウェーデン小説ではなく、英米推理小説をとても綿密に研究してかかれた、文化的混淆の産物なのではないかという気がしてきた。でもそれはそれでとても面白く、楽しめたので満足です。翻訳も落ち着いていて読みやすいのだが、なんだかちょっと大仰な感じがして面白い。あと、人々の名前がなんとも印象深くて楽しめる。例えばクラース・ヘルストルム、シーモン・ルーカク、マグヌス・ホルムストルム、ヴェルネル・メキネンとかね。まったく憶えられなくてもどかしいのだが、なんだかスウェーデンな感じがしてとても良い。(ヘニング・マンケル、創元推理文庫、2008.05)