松尾由美「ブラック・エンジェル」

ブラック・エンジェル (創元推理文庫)

ブラック・エンジェル (創元推理文庫)

大学の同級生の男女6人によるサークル「マイナーロック研究会」の集まりで、レアCDを聞いている途中にCDから「悪魔」が現れ、メンバーの女の子を刺し殺す。この出来事の意味を、その場に居合わせた多少複雑な思考形態を持つメンバーの男の子が、理解しようとする話。

これは僕が初めて読んだ松尾氏の作品であり、またとても不愉快な読後感を持ったことを憶えている。その後ある程度の時間をおいた後、「バルーンタウン」シリーズや「スパイク」などを読み、松尾氏の作品が大好きになったのだが、最近家を片づけていたらこの本が出てきて、そういえばこの作品はなぜあれほど不愉快だったのか、確かめてみようと思って再読した。結果とても清々しい読後感を得てしまったから、人生とは面白いものである(以下、本書の極めて重要な内容に触れるので、未読の方はご注意下さい)。

初読時になぜ不愉快な読後感を持ったのかといえば、今から思えばなにか非常に生々しい人間関係や、心の揺れ動きを強調しすぎていると思ったからだろう。また物語の結末にも、まったく納得がいかなかった。まったく問題は解決せず、飄々とした主人公は、なんだか不幸せな結末を向かえてしまう。しかし今回読んでみると、この小説はある程度象徴的に描かれているけれども、やっぱり一番の本筋はゲイの男の子のカミングアウト小説ではないかと感じられ、大変清々しい気持ちがしました。しかもこの主人公は、自分がゲイであることを偽装しつつストレートであることを望み、それでもやっぱりいろいろあってゲイである自分を受け入れるという、結構手の込んだ形式を取る。これは、読者の主人公に対する感情移入を極めて巧みに利用し、読者に文字通り思わぬ世界をかいま見せてしまうと言う点において、極めて技巧的であり、また小説の力強さを感じさせてくれる構成であると感じた。感覚としては、二流ライターを自称する主人公が、最終的に新宗教の殉教者的自我を見出す久間十義氏の「聖マリア・らぷそでぃ」に似たものがあり、しみじみ力強い作家だなあと感じたわけです。そのような、作者の偽悪的とも言える物語の世界を注意深く読むと、初読時は感じることのできなかった様々な描写やしかけが、次々と胸を打ち始める。確かにこれは、本格ミステリーでもありファンタジー小説でもあり、そしてとてもストレートに清々しい青春小説でした。でも初読時はまったく幸せな展開に思えなかった結末が、いまではずいぶんと爽やかでハッピーな展開に思えると言うことが、本当に面白かった。おそらく本に書かれていることは変わっていないはずなので、これは何か僕の中で大きく変わったと言うことなのだろう。本を読むって、やはり結構面白い作業です。

松尾由美創元推理文庫、2002.5)