森福都「楽昌珠」

楽昌珠

楽昌珠

中国唐朝から周朝への変革期あたりを舞台とした歴史幻想譚。それぞれの生きづらい現実から発作的に逃避した三人の男女は、不思議な動物たちに誘われ桃源郷を思わせる場所で再開する。そこで酒盛りをするうちに眠りに就いたそれぞれは、奇妙な現実感のある夢の中で、時間軸の多少異なった自分を擬似的に体験する。

物語は女帝の横暴をいさめる「楽昌珠」、皇太子に対するクーデターを未然に防止する「復字布」、後宮での権力争いを描いた「雲門簾」の3つの連続するエピソードからなり、3人の男女はそれぞれのエピソードで順に物語の主要な登場人物を演じることになる。読み始めの雰囲気はとにかく不思議なものがあり、非常に幻想的な桃源郷の世界が基本的には三人の現実で、その現実の中で体験する夢の世界の物語では、妄執や怨念うずまく極めて現世的な出来事が襲いかかる。そのなかで、様々な出来事を解決するために不思議な道具や出来事が発現し、あ、これはやはり夢の世界のお話かとおもったそばから、それらの不思議な出来事のトリックが解明されてしまうなど、なんとも難しい。この複雑な構造を淡々と語る字の文章は、これがまた静かで落ち着き、それでいて効果を冷静に分析し計算されたと思われる、見事な語り口であるところが素晴らしい。特に読み手を驚かすような大袈裟なレトリックもなく、また先への展開を予想させるようなけれん味もまったく感じさせない、ある意味素っ気ない文章だとも思うのだが、それでいて先へ先へと読み手をそそのかし、要所にて思わず息を飲むような展開を用意するところなど、森福氏の作劇法には円熟の域を向かえた艶やかな書き手の技を感じさせるものがある。非常に浮世離れした、なにか現実とは遠く離れた世界の出来事を描いているようでいて、突然情欲の世界を交錯させるところなど、他の作家であれば興醒めしてしまうのではと思いながらもついつい引き込まれてしまう、これは技術ではなく芸の世界だなあと思わせるものがあり楽しめた。物語自体についてもとても良くできていると思うのだが、複雑な世界観をどのように回収するのかと思ったら、まったく予想もしない方法でまとめ上げていたのには驚いた。書いているうちに気が変わったのか、それとも結末を考えずに書き始めたのか、どちらかではないかと思うのだが、後味の良いカタルシスが感じられる良い結末でした。