鳥飼否宇「官能的 四つの狂気」

官能的――四つの狂気 (ミステリー・リーグ)

官能的――四つの狂気 (ミステリー・リーグ)

性的に興奮すると頭脳の回転が格段によろしくなり、独創的な発想を閃くことができる変態数学者(助教授)が出会う、3つの奇妙な殺人事件と一つの後日談。

希代の変態作家鳥飼否宇氏が満を持して発表する、変態数学者シリーズの第2弾。前作では出会う事件がことごとく性行動に関連するものであり、その変態さには度肝を抜かれながらもさすがに引いてしまうものをどこかに感じざるを得ない部分があったが、本作ではそのような直接的変態さは多少薄まり、精緻な文章と巧みなレトリックの中にしっとりと変態さが表現され、初めての人でも多少安心な仕上がりである。事件そのものはある意味穏当で、会社帰りにいくつものコンビニを数時間かけてはしごする女性がその途中で殺される事件、ビルの一室で公認会計士が殺される事件、個人的尊厳を毀損させる写真を配布された教師が自殺する事件の3件。しかし、主人公との関係が異常である。最初の事件の被害者は、主人公が研究のためと称し3日間にわたり長時間のストーカー行為を繰り広げた相手で、2番目の事件には、主人公が高校時代これまたストーカー的窃視が原因で転校させた相手をたまたま発見、熱心にストーキングした結果遭遇し、3件目の事件は問題の写真に主人公が劣情を刺激される場面から物語は始められる。このような内容の物語が一体どのようにして公共に流布されることができたのかと思われるかも知れないが、一方で文章そのものは極めて無駄なく練り込まれ、非常に読み応えがあり面白い。主人公が周囲の人間から罵倒されることで正気を失い超人的な洞察力を発揮したり、その結果類推された事件の構図がことごとく的中しないという展開など、物語の枠組み自体も奇妙かつ巧妙で、(ある種の)文学的冒険心が確実な技術と構築の中に回収されている様には清々しささえ感じられる。助教授とその周囲の人々の変態さに関する描写には、なにかアカデミックの世界の内情を身をもって経験してないとは思えない、うっすらとした悪意と諧謔精神も感じられ、非常に愉快でもある。しかし、本文によると主人公は若い女性の日常生活を数学的手法で解析する研究を行い、ここ一年で「月経周期が性的欲求に及ぼす影響のフーリエ解析によるアプローチ」「女子高生のスカートの長さと非効率には相関があるのか 多重ロジスティック回帰分析の観点から」「ルージュの流行色をパラメータとしたカオス理論構築の試み」という三本の論文を書き上げたとあるが、いったい発表はどの学会誌だったのだろうか。以前名義尺度に関する検定の実例を調べていたら、小中学校における性教育の影響に関するけっこう際どい調査に出くわしてびっくりしたことがあるが、正直実在していてもおかしくない(いや、おかしいのだが)論文タイトルをでっち上げてしまうこの鳥飼氏の感覚が、非常に素晴らしい。