ロイス・マクマスター・ビジョルド「影の棲む城 上下」

影の棲む城〈上〉 (創元推理文庫)

影の棲む城〈上〉 (創元推理文庫)

影の棲む城〈下〉 (創元推理文庫)

影の棲む城〈下〉 (創元推理文庫)

前作「チャリオンの影」に続く<五神教シリーズ>第2弾。本作では、前作での色々より精神的に危うい状態を演じることを余儀なくされ、結果的にされほぼ蟄居状態にあった現国主の母イスタが発作的に巡礼の旅に出るものの、途中周辺国との紛争に巻き込まれ逃げ込んだ城で、生者と亡者、神と人間の間で様々な問題を解決せざるを得ない状況に追い込まれる様子が描かれる。

前作はとても楽しんだ記憶があったもののさっぱり物語を憶えてはいなかったため、本作では始めまったく状況と設定が分からず混乱してしまった。ところが読み進めてもまったく状況が説明されず、むむむと思って読んでいたのだが、そんなことはどうでも良くなるくらいに面白くなってしまった。前半はなにか鬱屈した描写が多く、物語もどこに向かって進むのか、さっぱりわからずもどかしいのだが、前半も半ばを過ぎると突然物語は動きだし、下巻に至るともはやハチャメチャと言うべき展開を見せ、あっけにとられながら読み終わってみると、これはある種の女性の願望充足小説か?とおもわせるとことも痛快である。ぼくはつねづね「ハードボイルド小説」なるものは、基本的に男性の欲望充足小説、女性で言えばハーレクインロマンスと同じものだと思っているのだが、本作にはその逆の、女性の「ハードボイルド」小説的なものを感じさせられた。よく考えれば、結局は鬱屈し中年期を迎えた女性が、冒険と新たな力を得ることにより、素敵な男性に囲まれる話だもんね。しかし、ビジョルドはそれをただの願望充足的には終わらせない。基本的にはいわゆる剣と魔法の、どうしようもなくありふれた舞台を構築しつつ、そこで展開される物語は極めてジェンダーフリーというか、まあ、いってしまえばフェミニズム的観点からの構築が強く感じられ面白い。しかも、こんなに知的な思考を維持しつつ、本質的には手に汗握る、躍動感のある物語を生み出すところが物凄い。憎たらしい登場人物の言動に本当に心が動かされるのだから、大したものである。やっぱり多作な作家には、それなりの凄みがあるなあと、山田正紀氏などを思い出しながら感じました。(鍛冶靖子訳、創元推理文庫、2008年1月、各960円)