山田正紀「私を猫と呼ばないで」

私を猫と呼ばないで

私を猫と呼ばないで

男性と女性の間に起こりうる様々な関係を主題とした短編集。月刊誌に原稿用紙20枚で連載されたものを加筆修正したもの。

著者後書きによると、短編というと原稿用紙30枚程度が多いらしく、20枚というのはあまり無い経験であったとのこと。読み手としても20枚というのはずいぶんとボリュームが少なく、それ自体で不思議な雰囲気が味わえた。物語はと言うと、男と女にまつわるお話という縛りの緩さゆえ、ずいぶんとバラエティーに富んだお話が集められている。祖母の思い出が現代にフィードバックする「消えた花嫁」、夫の遅い帰りを猫と議論する「猫と女は会議する」、熟年男性が離婚届に判を押す日に若き日を思い出す「津軽海峡、冬景色」、女性派遣社員たちが社内の陰謀に巻き込まれる「壁の花にも耳がある」など、恋愛小説的なものからミステリー風味のものまで、あまりに構築された曲芸的なお話からなんだか苦し紛れのようなお話まで、とにかく次を読もうと思わせるモチベーションに満ちた一冊でした。「消えた花嫁」などいくつかの物語は、これが山田氏の文章かと思わせるほど静かで垢抜け、とても落ち着いているのだが、「女はハードボイルド」や「私を猫と呼ばないで」などは、ああ、やっぱり山田正紀氏の文章だと思わせる、不必要に思わせぶりでまわりくどく、それでいてなんとも言えないリズム感がある文章で安心です。時間が足りなかったのか、アイディアが煮詰まらずに書き始めてしまったのか、どう読んでも登場人物や設定のディテールがよく分からず、落ちの意味もよく分からない短編も収められているが(「カゴを抜ける女」の落ちとか、「窓の見える天窓」とか)、それでもとても楽しく読めてしまうところは、やはり山田氏の特異な才能である。山田氏というと非常に力業というか、大仰な設定と暴力的な筋運びというイメージがなんとなくあるのだが(特に初期の冒険小説など)、本作を読んでみて、極めて抑制的で、注意深く、読者を意識しながら書いているのだなあと、なにか新たな発見をしたような気分になった。