若竹七海「バベル島」

バベル島 (光文社文庫)

バベル島 (光文社文庫)

梅の呪いに取り憑かれた夫婦とその子ども達の悲劇の顛末、嫉妬深い妻に隠れて不倫を続ける男性が経験した恐怖、エレベータにまつわる怪奇、現れたり消えたりする招き猫の不思議など、若竹氏お得意の恐怖と怪奇に彩られた短編集。

若竹氏と言えば、「コージー」ミステリといわれながらその実ちっともコージーではないミステリを書く作家であり、その傾向にはオカルト的な不気味な作品と、主人公やその周囲の人々が言われなく不当とも思える仕打ちに苦しむ作品があるが、本書はどちらかと言えばその前者に属する、なにやら不可思議でぞっとするお話を集めたもの。僕はこの手の小説が基本的に苦手なのだが、表紙の不思議な暖かさにつられて買ってしまい、いくぶん後悔しながら読み進めたところ、あっさりと若竹氏の巧みな言葉運びに心奪われ、とっても楽しく読み終えた。それぞれの話は正直気持ちの良いものばかりとはいえず、なんとも後味の悪く、悪趣味と言っても問題ないものもあるのだが、若竹氏の文章にはいわゆる「恐怖」を乗り越えた、その先にあるおかしみのようなものを感じさせるものがある。古道具屋の主人と主人公がのんきな会話を交わす場面が印象的な「招き猫対密室」や、妻が蒸発したベンチャー企業の社長とその愛人(男性)の間の愛憎劇が主題の「ステイ」などでは、描き出されるこころの情景はそれはそれは寒々としたものなのだが、物語を構成することばのそれぞれはなにか乾いたおかしみがあり、不思議な気分を味わった。短編というと技巧的な側面が強調されるためか、自薦他薦の短編集を読んでみると肩に力が入りすぎた感じのみが強く、物語として楽しめることが少ないのだが、本書に収録された短編には(極めて技巧的だとも思うのだが)物語の世界が濃厚に感じられ、うっかり気分が悪くなるくらいの読み応えというか、充実感を感じることができた。中でも表題作の「バベル島」は、のんびりとした雰囲気のなかに日影丈吉を彷彿とさせる切れと重苦しさがあり、大変楽しめた。(若竹七海著、光文社文庫、2008年1月、533円)