ジェイムズ・グレイディ「狂犬は眠らない」

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

狂犬は眠らない (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 14-1)

戦場や任務先におけるトラウマティックな体験から重い精神病を発病してしまい、秘密の精神病院に入院中の元CIA工作員の5人は、その病院の医師が殺害されるという事件に遭遇する。そのまま座して待てば犯人として疑われ断罪されることが想定される中で、5人はそれぞれの特殊技能を生かして脱走し、犯人を捜す旅に出かける話。

とにかく背表紙の粗筋と紹介が良い。「(前略)・・。そんな彼らが病院で起きた医師殺しの真犯人を見つけるべく脱走を決行!薬がきれて暴走する前に真相に辿りつけるのか?」、とこんな感じ。いつも思うのだが、この200字ほどのスペースって本当に大切ですよね。大抵の本はこの部分で買うか買わないかを決めるわけだし、誰が書いているのか分からないが、この部分はずいぶんと技術が要求される部分だと思うのです。で、この本に関してはこの部分の迫力に負けて買ってみたのだが、内容はこの紹介に負けずオフビートで切れがあり、物語のテンポも良くとても楽しめた。とにかく設定の力強さが物語全体にスピード感を与えている。5人の主人公たちはそれぞれ障害を抱えているのだが、その障害を発症させたエピソードが順々に物語に差し挟まれ、息苦しくもある種のカタルシスを常に与え続ける構成をとる。また、それぞれは時折極めて異常な振る舞いを見せるのだが、それが症状によるものなのかそれとも意図的なものなのか、さっぱり分からないままに物語は進行し、ああ、作者は読者を揺さぶることに意地悪な心地よさを感じているのだなあと、感じさせられるところがまた楽しい。このような作劇法は、最終的に「狂う」ことと「正常」なことの境界を揺さぶり、それぞれがそれぞれの領域を互いに侵略してゆくような、不思議な感覚を与えてくれる。物語の構成としては、おそらくそれほど構築的に書いているとも思えず、行き当たりばったりに書き殴り、結果としてやや破綻しているとも思うのだが、最終的な展開はまさにこの部分を鋭く主張している気がして、この破綻ぶりを含めてとても楽しめた。(ハヤカワ文庫、2007年、1000円、三川基好訳)