P. G. ウッドハウス「よしきたジーブス」

よしきた、ジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

よしきた、ジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

あまり頭脳の活動が芳しくない有閑貴族青年バーディーと、そのお付きの天才執事ジーブスが繰り広げる、まったく無意味な騒動を描いた長編小説。

昨年はどうにも心から楽しいと思える小説に出会うことができなかった一年でした。それでも年末くらいはやはり心安らかに楽しめる本をと思い、以前本シリーズの一冊を読んで心から楽しめた記憶を頼りに買ってみた本作であったが、期待に違わず徹頭徹尾馬鹿馬鹿しく無意味な文字の羅列に出会うことができ、大変幸せな時間を過ごすことができた。

物語自体はバーディーと彼のよく知るところの2組のカップルが田舎の邸宅に滞在し、その間様々な出来事がおこりカップル間の関係が極めて不安定化するという、極めて単純なものなのだが、この単純で牧歌的な物語の骨組みを色鮮やかに装飾する言葉の数々が素晴らしい。訳者が巻末に述べているとおり、本作はまさに「神がかり的な天才の仕事」なのである。なんだろうなあ、このスピード感と絶妙な間の取り方は。単に同じことを3回繰り返すだけでも、なぜか笑ってしまうのである。いや、そもそも同じことを3回繰り返している時点で何かがおかしいのか。ともかく、どの頁にも冷笑的でどす黒い悪意のようななにかが感じられる言葉がならび、なんだかただごとではない感じもするのだが、それが心地よく読み下せてしまうのは訳者の腕前もあるのだろう。

しかしなんと言っても驚いてしまうのは、本作は1934年、昭和9年に書かれているということである。訳者が詳しく述べているとおり、同時代の作家は江戸川乱歩久生十蘭小栗虫太郎ですよ!諧謔の精神は時代を超えるのか、それとも訳者の文章感覚が優れて鋭敏なのか、おそらく両方なのだろう。いずれにせよ、まだまだ未読のシリーズ作品があると言うことが、とても幸せに感じられてならないのである。

本シリーズの唯一の欠点はと言えば、各作品のタイトルと表紙が極めて類似しているため、ある程度の間隔をもって読むとどれが未読でどれが既読なのか非常に分かりにくい点にある。一方で、基本的に繰り広げられている内容はほぼ同じなので、どれを読んでも大差ないような気も、またするのである。。。