カート・ヴォガネット・ジュニア「猫のゆりかご」

「世界が終末をむかえた日」という、広島に原爆が落とされた日にアメリカの重要人物が何をしていたのか、描こうとする小説の執筆を進めていた主人公が、いかにしてボゴノン教徒になったのかというおはなしかとおもいきや、なんだかすこし違った展開を見せるお話。



最近逝去された著者の著作を読もう読もうと思っていたのだが、書店でページをめくるとなんとなくクラシックすぎてこれはなかなかつらいなあと思っていたのだが、とうとう購入した一冊。期待以上にアヴァンギャルドでとても面白かった。



構成は、全124章に別れ、断片的な構成を持つのだが、基本的にお話は一貫して続き、結構読みやすい。物語はいつになったら主たる物語が始まるのかなあと思いながら読んでいたら中盤にさしかかってしまい、もしかしてこれはこのような小説なのかと思うと突然不思議な展開がはじまり、怒濤のごとくおかしなエピソードがおそいかかり、なにーと思っていたらそのテンションで終わってしまった。なかなか面白い。



この小説の白眉は、間違いなく「ボコノン教」にある。この宗教の教えの、シニカルながらなにか当を得ているような、しかしよくよく考えてみると圧倒的に無意味な内容は、この小説の展開自体と奇妙なシンクロを見せ、読み終わった後の脱力感とカタルシスはなかなかのものである。このような不条理劇と言えばバラードの長編を思い出しはするのだが、バラードにはなにかしっかりとした無力感というか、伝えたい気持ちが感じられるのだが、この小説にはまったく感じられないところも、また素晴らしい。



ようは、古くさいようでいて極めて前衛的な物語だった。このような、世界から一歩踏み出してしまった雰囲気というものは、面白いように時代の劣化作用を受けないものなんだなあと感じたのである。翻訳は伊藤典夫氏で、正直作品によって合う合わないが結構ある訳者だとは思うのだが、本作は文章の切れも良く、非常に思い入れがある文章でとても好感を持った。