柳広司「百万のマルコ」

百万のマルコ (創元推理文庫)

百万のマルコ (創元推理文庫)

商船同士の争いに敗れ、ジェノバの牢獄に身代金目的に収監されている人々の中に、おかしな話で皆の退屈を紛らわすマルコ・ポーロと呼ばれる男がいた。ハーン・フビライに17年仕えたと自称する彼の話は、常に謎めいて不思議な終わり方をする。その謎をみんなで頭をひねって解き明かそうとするはなし。



書店に創元推理文庫の本作が並んだのを見たとたん、これは確か講談社ノベルズで出版されていたはずだとなぜか思いこみ、どうせ買うなら以前買ったノベルズ版を探し出そうと本棚の奥の奥を探しても見つからず、挙げ句の果てにうっかり東川篤也氏の「殺意は必ず三度ある」などを発掘してしまって読み返してしまったりしていたので、購入するのがずいぶん遅れた本書は、ノベルズ版など存在しないオリジナル短編集で、それでもいくつかの話にはデジャブ感があるのは、おそらくアンソロジーなどに収録されていたからだと思われる。



もとい、何を読んでも基本的には心から楽しめてしまう柳氏の作品の例に漏れず、本作も極めて上質な作品集ですっかり楽しみました。特徴として物語の枠組みを二重化、または枠組み自体に大がかりな仕掛けを設ける柳氏の常套手段は、しかし本作では採用されず、細切れにされた物語のストイックな定型化、つまり落とし話的な構成と、その単調な構成を打ち破る異常な物語の展開によって構成された短編たちは、なにかそれでもやっぱり常の柳氏の作品に感じられるいびつさと異常さを感じさせてくれるから不思議なものである。



一つひとつの物語は、主人公の語りの中に仕組まれた謎を聴衆があれやこれやと推理するというもので、物語自体に謎があるわけでもなく、基本的には語りととんちの世界である。ある意味、単なるとんちでこのような短編を構成したということが、最近の「本格」推理小説の流れをぼきぼき脱臼させるような出来事にも思え、それ自体が痛快でもあるのだが、一方で物語全体の枠組みの納め方も、やっぱり最後まで読んでみると、ああ、さすが柳氏だと思わせる爽快感に溢れたもので、大変楽しかった。



これは確かアンソロジーでいくつか読んだことがあると思うのだが、その時は牢屋に捕らわれているという設定自体が息苦しくて、物語の爽快さをずいぶんと損なっているなあと感じたことを憶えているのだが、本作品集ではそのあたりもきちんと纏められ安心です。しかも最近の文庫にしては定価686円と良心的な価格設定もとても素晴らしい。