ロイス・マクマスター・ビジョルド「名誉のかけら」

名誉のかけら (創元SF文庫)

名誉のかけら (創元SF文庫)

障害当事者が主人公のSFシリーズ前日談。主人公の両親であるベータ人のコーデリアとバラヤー人のヴォルコシガンがいかにして出会い、別れ、そして再開し結婚するに至ったのかを描いた物語。



基本的には極めて御都合主義的、善人達が繰り広げる予定調和の物語だが、それはそれでとても良い。なぜ突然ヴォルコシガンが恋に落ちたのか、またコーデリアがそれを受け入れてしまうのか、疑問はいっぱいだが、物語として読ませてしまうのでそれほど違和感は無い。



しかし、この物語の白眉というか、一番の盛り上がりは、ベータ星に帰還したコーデリアが、恣意的なプロパガンダによって極悪人に仕立て上げられたヴォルコシガンへ好意的な発言をした際、精神分析医によってマインドコントロール下にあると認定され、精神的に追いつめられてゆくくだりであった。この作家は本当に油断がならないというか、物語の構成において悪質とも言える周到さを持つのだが、ここにいたって物語のなにかゆるい雰囲気は突然狂気と混乱にとって変わられ、コーデリアは軽い言語障害を起こしながら、ちゃぶ台をひっくりかえすかのような行動にでる。まあ、それでも全体としては予定調和の結末を向かえるところが、このシリーズの良さでもあるのではあるが。



しかし、本作に関しては翻訳者の言葉遣いには大きな違和感を感じざるを得ない。本シリーズには、ジェンダーやマイノリティーに対する鋭い批判的なまなざしが貫かれているのだが、いったいこの言葉遣いはなんなのか。コーデリアの台詞の語尾は「わ」「ね」や「よ」など、なんのひねりも無い女性性のコードでちりばめられ、作家のまなざしに対する応答がまったく感じられない。あとね、このいかにもSFな表紙もどうかと思うよ。