森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」
- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2006/11/29
- メディア: 単行本
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いろいろあって更新がストップしてしまっていたが、その間も黙々と本だけは読んでいたので今後思い出しながらアップすることとします。本作は「本屋大賞」の第2位とのことで、話題ではあったのだが手に取るまでにはずいぶん時間がかかった。それは、まず森見氏の作品をすべて読んでから読もうと思っていたことがあるのだが、そう思って森見氏の作品を読んでいるうちに、だんだん自家中毒というか、あまり変わりばえのしない世界での変わりばえのしない物語になんだか飽きがきてしまい、読むペースがずいぶんと遅くなってきたからなのである。特に、なにか大学生活をそのまま引きづり、現実感と生活感の感じられない世界で演じられる自己言及的な世界は、読んでいるだけで恥ずかしくなってしまうような気さえしてはいた。
しかし、本作はそのマンネリ感を見事に打ち破る快作でした。さすが本屋大賞だけのことはあるというか、間口は広く物語は浅く、しかしその中にもきめ細やかな情感が織り込まれた、最近の読書の中ではあまり感じることのできない清々しい感覚があったのです。まず文章の調子が素晴らしい。極めて軽く上滑りするかのように見えるその文章は、おそらくしっかりと推敲され練り込まれたもので、打てば響くというか、かゆいところに手が届くというか、とにかく気持ちが良い。
また、その文章の中に感じられる「近代文学」の雰囲気が、また良いのである。特に2編目の「深海魚たち」などに見られる近代文学への偏愛は、やはりこの人はただ新し味のある文章を書き飛ばすだけの人では無く、文章と文学の魔の手に絡め取られてしまった極めて業の深い人物だと感じられ、深く同情するとともに非常に好感を持った。
加えて、物語全体を通して感じられるのは、ああ、森見氏は基本的には恋愛小説作家なんだ、ということであり、これは前作までの自己憐憫に満ちた大学生の世界を知っているとなんだか気持ちが悪くもあるのだが、この作品だけ読めばとても清々しく感じられる。しかしまあ、とにかく文章の隅々にちりばめられたことばの美しさには、正直感動致しました。このようにことばを大切にする作家が同時代に活躍をしているということは、それだけでも幸運な気がします。