ロイス・マクマスター・ビジョルド「天空の遺産」

天空の遺産 (創元SF文庫)

天空の遺産 (創元SF文庫)

にっくきセタガンダ帝国の皇太后が急死したため、バラヤーを代表して弔問に訪れたマイルスは、セタガンダに到着した瞬間から早速おかしな陰謀にまきこまれてしまう。幾分の好奇心でもってその出来事を上官に報告することなく通常任務に勤しむマイルズは、しかしもちまえのずうずうしさとやっかいな出来事に巻き込まれる才能でどんどん状況を悪化させ、ついにはセタガンダ帝国の将来に関わる陰謀を食い止める役割を買って出てしまうことになる。

なんだかどんどん勢いがついてきてしまい、このぶんではビジョルドの既刊を全て再読してしまいそうである。記憶では全ての既刊を読んだ覚えはないので、次は初読を楽しめるかと思いながらいつも購入するのだが、これはは初読だったか再読だったかすら、なんだかよくわからなくなってしまった。本作では、全体として文化人類学的雰囲気が漂い、セタガンダ帝国の風俗・風習を描くことにずいぶんと文字数が費やされる。どうやら訳者と著者は仲良しらしく、訳者解説の文章からするとセタガンダ帝国の風俗や身分制度は、日本の平安時代をモティーフにしているとのことだが、まあ、オリエンタリズムの一つの変奏とも読めなんだか変な感じだ。物語自体は今までになく強引で、マイルスが事件に巻き込まれる発端から無理が感じられるが、その後の展開も極めて強引でなんだか納得がいかない。でも、本作の面白さは、物語の進展はマイルスの口先だけであるところであり、一方でお約束の戦艦がドンパチやらかす場面や光線中がビューとか発射されてしまう場面はまったく見あたらない。その意味では、本作はビジョルドの思弁論的世界がいかんなく発揮された物語とも言え、いびつながらも徹底されたすがすがしさとまとまりの良さが感じられる。全体的には、異文化の描写が勝ちすぎるとことがあり、ビジョルドならではのジェンダーに対する真摯なまなざしや、言葉遣いに関する細やかさが感じられなかった気もするが、それでも面白いから大したものである。通俗的な作品を、ここまで高い質を保ちながら量産するこの作家は本当に素晴らしい。