田中哲弥「大久保町の決闘」

大久保町の決闘―COLLECTOR’S EDITION (ハヤカワ文庫JA)

大久保町の決闘―COLLECTOR’S EDITION (ハヤカワ文庫JA)

受験勉強に集中するため父の実家に赴いた少年は、そこが銃の携帯が許され日常的に決闘の行われる不思議な街であることを知るのだが、直後に街のいざこざに巻き込まれて悪漢達から素敵な少女を救い出す羽目になる。

兵庫県明石市の大久保町は現代に立ち現れた西部劇の舞台であったという、とてつもなく馬鹿馬鹿しい設定の物語である。とにかく馬鹿馬鹿しくて、電車に乗ってむむむと外を眺めていたら突然日本に西部劇的な街並みが現れ、それを特に不思議とも思わない主人公はあれよあれよという間に西部劇的というか、黒澤明の「用心棒」的世界に紛れ込むどこか主役級として抜擢される。それでも不思議とのんびりとした性格の主人公はあまり不思議とも思わず、トラブルを回避しようと思うのだがどんどんトラブルに突入し、都合良く現れた美少女は都合良く誘拐され、それを取り戻しに行くもののまったく意気地がなく体育会的性格でない主人公は、天の誤った配剤によって全てをうまく納めてしまう。徹頭徹尾馬鹿馬鹿しいこの作品は、しかしその馬鹿馬鹿しさ故に不思議と微妙ではあるが筋の通ったオーラを感じさせ、馬鹿馬鹿しいながらとても楽しめてしまう、ある種奇跡的な作品でした。想定から著者のプロフィールから著者自身による解説に至るまで、徹底された馬鹿馬鹿しさは正直鬱陶しいのだが、何事も過剰で徹底された努力にはそこはかとなく感動を感じさせる何かがある。別に心に残る作品ではないがとても面白かった。