森見登美彦「【新釈】走れメロス 他四編」

新釈 走れメロス 他四篇

新釈 走れメロス 他四篇

中島敦山月記」、芥川龍之介「藪の中」、太宰治走れメロス」、坂口安吾桜の森の満開の下」、森鴎外「百物語」という、近代文学を代表する名作達の舞台と主人公を、京都の熾烈に阿呆な大学生に置き換えて綴ったパロディー小説集。

最近書店でよく見る森見登美彦氏の著作は、あまりにもダークでニヒルなオーラが感じられて今まで手に取っていなかったのだけれど、本作は表紙のあまりの美しさにふらふらと手に取ってしまった。そして最初の一行を読んで驚愕し、残りの数百行を大事に大事に読んでみた。しかしこれにはびっくりである。最近の作家では奥泉光氏くらいにしか感じたことのない近代文学のオーラが、森見氏の文章からは漂ってくるのである。そもそも元ネタとして選んだ作品達の選び方に、ああ、この人は近代文学が好きなのだなあと思わせるものが感じられるのだが、それ以上に大仰で馬鹿馬鹿しく自意識過剰的なこの文章は、まさに近代文学の肥大しきった自意識を見事に受け継ぎ、そしてその美しさを換骨奪胎しながらも感じさせてくれるのである。とにかく最初の「山月記」で度肝を抜かれたのだが、主人公は自分に小説の才があると信じ込む学生で、なにすることもなく自意識に満ちあふれた生活をするうちにすっかり訳が分からなくなり、ある日「もんどり」「もんどり」と叫びながら京都の山奥に消えてしまう。その後の展開は「山月記」をなぞるのだが、ただ変わり果てた彼を見つけるのは、大学時代に麻雀仲間でその後京都府警の巡査となった警官であったりする。この狂気に犯された学生が、他の4編のトリックスタートなり狂言回しの役を務めるという趣向も楽しいが、何より「走れメロス」の桃色のブリーフに溢れた奇妙でおかしくテンションの高い雰囲気には心底感動した。ややもすると筆が走りすぎる嫌いもあり、諧謔に富んだ言い回しが単なる冗長な筆の遊びになってしまいそうな危うい雰囲気も感じられるのだが、少なくとも本作は文章の冗長さと鋭敏さが絶妙なる調和でもって構築されている。この高い質と偏執的な雰囲気を、今後も是非また読んでみたい。と思って早速最初期の作品「太陽の塔」の文庫を買ってきた。丸善で「在庫僅少」となっているのだから、きっと売れているのだろう。これはもしかしたら久しぶりの本格大物作家の出現かも知れない。