P. G. ウッドハウス「比類なきジーブス」

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

親の遺産と思われる莫大な資金を元に、気ままで惰性に生きる天性のダメ人間バーディーの「執事」として使えるジーブスは、その機転と深遠なる洞察力によってバーディーが陥る様々な難局を天才的な企みによって回避してゆく。

各所で極めて評判の高いウッドハウスの著作なのだが、国書刊行会は単価が高いのでなかなか手を出すことができず、しかも手を出したら止まらなくなりそうで怖かったので今まで購入を見合わせていたのだが、ついに書店に行った時に他の候補がみつからず購入してしまった。そしたらこれがまた何かの呪いのように面白いので困ったものである。物語自体は、ダメ人間のバーディーと、彼に結婚を迫る独裁者風の伯母や、お調子者でこれまたダメ人間のビンゴなどが繰り広げるドタバタ喜劇で、一冊の中にいくつものエピソードが入っているのだが基本的には全て同じ構造を持つ。それでも常におかしさがこみ上げてしまうのは、ウッドハウスの極めて諧謔に富んで冷笑的な文章と、それをまた見事に日本語訳として伝える訳者の森村たまき氏の、上記を逸したとも思える腕前によるものであろう。とにかく、全てが悪い冗談に埋め尽くされていて、極めて知的な読み物である。訳者解説に、「ウッドハウスの作品というのは、一部が全部であって全部が一部であるような大いなるマンネリの世界だから、しゃかりきになって全巻読破するような性格のものでもないように思う」と書かれているが、その雰囲気からはこれだけ読んでもよく分かる。しかし、このような素敵なコメントができる人が訳していると言うことだけでも、大いなる奇跡と言うべきであろう。