ヘニング・マンケル「殺人者の顔」

殺人者の顔 (創元推理文庫)

殺人者の顔 (創元推理文庫)

スウェーデン南部スコーネ地方のマースヴィンスホルムにほど近いレンナルプという農村で、老夫婦のうち夫が惨殺され、妻も大変な暴力を受け、数日後に死亡するという事件がおこる。この事件を担当する羽目になった、イースタという街の警察署で署長代理をつとめるヴァランダー警部は、様々な妨害工作や外交的しがらみの中や降り積もる雪や襲いかかる吹雪などにもめげずに執念深く捜査を続けるのだが、離婚の痛手や認知症がはじまりかけてしまった父の問題行動やほんとのことをしゃべってくれない娘や自らの飲酒運転などによって、多大な困難を経験するはなし。

最新作「目くらましの道」がとても良かったので、シリーズ第一弾の本書を読んでみたのだが、なかなか面白かった。おそらくこの作家はシリーズが進むに連れ、作劇法も描写方法も洗練されてきたのではないか。「目くらまし」では極めて洗練され、枯れ果てた雰囲気すらを漂わす主人公のヴァランダーは、本作では「フロスト」シリーズ的、ある意味ステレオタイプな破天荒警部的造形で描かれ、多少鬱陶しい。また、襲いかかる家庭的悲劇も、極めてお約束的というか、ドラマ的波風を際だたせるために導入されているのかと思うくらいわざとらしく、なんだかのめり込めない。一方で、陰鬱なスウェーデンの冬の世界を描写している部分などは、全く季節感も時間の感覚すらも理解出来ない、未知の世界を描き出していて、情緒溢れとても楽しめた。物語の構成はこれがまた良くできていて、普通の一本道のサスペンス小説とはまったく違った、えっ!と思わせる展開が終盤に展開されてとても意表をつかれた。この辺りになると、前半の描きすぎ智思われる作劇法が落ち着きを見せ、非常に淡々とした中で異様なドラマが展開され、息を飲むというか、思わずのめり込んでしまう。本作の面白さの一部は、確かにスウェーデンという国のバックグラウンドと不思議な四季が醸し出してはいるのだが、それ以上にこの淡々としながらある面では非常にドラマティックでもある作劇法の魅力も、これもまた最近読んだ作家の中では突出している。これはどんどん読んでしまいそうだなあ。創元の文庫は単価が高いから大変だ。。